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障害者スポーツを照らす陛下 原点は皇太子時代のパラ 半世紀前に「東京パラリンピック」があった(3)

2018/1/16

東京パラリンピックの貴賓席で入場行進に応える皇太子夫妻(日本障がい者スポーツ協会提供)

 1964年の東京パラリンピックを語るうえで忘れてはならないのは皇室の果たした役割だ。なかでも皇太子夫妻だった天皇、皇后両陛下は大会前から強い関心を寄せられ、結果として、まだ黎明(れいめい)期だった日本の障害者スポーツを後押しした。

■パラ出場の卓球選手に勝負挑まれる

 まず下の表をみていただきたい。東京パラリンピックを訪れた主な皇族の一覧である。会期は直後に開かれた国内大会と合わせて7日間。そのうち皇太子夫妻の出席は開会式、閉会式を含めて6日間に及んだ。大会の名誉総裁だったとはいえ異例の頻度といえる。

 天皇、皇后両陛下に長く仕えた元侍従長の渡辺允は手記のなかで、こんなエピソードを紹介している。

 「両殿下(筆者注、皇太子夫妻)は、この競技を是非当時の天皇皇后両陛下に、もしそれがかなわぬのであれば皇后陛下御一行にでもご覧になっていただく可能性がないだろうかと宮内庁長官に相談され、その結果、開催4日目の午後には、両殿下のご案内で香淳皇后がアーチェリーと車いすバスケットを観戦なさっています」(『若き日の両陛下と東京パラリンピック』文芸春秋2013年2月号)

1962年、ストーク・マンデビル大会の出場選手と談笑する皇太子(日本障がい者スポーツ協会提供)
64年東京パラリンピックの入場行進。貴賓席前を第1陣の英国チームが通過(日本障がい者スポーツ協会提供)
アーチェリーを観戦する香淳皇后(奥の中央)と皇太子夫妻(日本障がい者スポーツ協会提供)

 当時の天皇、皇后両陛下はともに30歳。障害者スポーツのことをできるだけ多くの人に知ってほしいという、若い情熱が伝わってくる。香淳皇后の出席は当初予定されておらず、大会関係者の間でも驚きをもって受け止められたという。

 天皇、皇后両陛下は障害者スポーツについて見聞きするだけにとどまらず、生身の障害者のことを知ろうとされていた。テニスと並んで卓球を得意としていた陛下は、パラリンピックの卓球選手と面会するたびに勝負を挑まれたという。

 東京パラリンピックの運営を担った「国際身体障害者スポーツ大会運営委員会」の会長、葛西嘉資(後に厚生事務次官)は皇太子時代の姿を明かす。「選手がなかなか強くて、(中略)皇太子さまが勝たれたのは、コーナーをお上手にパッパッとねらわれるんです。(筆者注、車いすを固定してプレーする選手にとっては)いちばん、つらいところですからね。しかしそれでも苦戦をされたように、わたしは拝見しました」(『時の素顔』週刊朝日1964年10月23日号)

 障害の有無にとらわれず、車いすの選手とまっすぐ向き合おうとされている陛下の姿勢がうかがえる。それは子供の教育でも一貫していた。厚生省の職員だった井手精一郎は、東宮御所でこんな場面を目撃した。

 「ストーク・マンデビル(筆者注、パラリンピック)に出場した卓球の選手が皇太子殿下(同、天皇陛下)のご子息(現、皇太子殿下)と卓球をしたのですが、車いすの選手に対していい加減なことをやったら悪いと思ったのか、皇太子殿下が浩宮殿下に、しっかり相手をしなさいと言われていました」(『スポーツ歴史の検証』笹川スポーツ財団)

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