塩をさかなに飲む 日本酒の持ち味を引き出す一つまみ
魅惑のソルトワールド(11)
食とお酒にこだわる大人の日常の楽しみといえば、今日1日仕事を頑張った自分にささげる「お疲れさま」の一杯。一杯目は、喉の渇きを癒やしてくれるビール、ハイボール、サワーなどが定番でしょうか。
しかしそこは寒さが身に染みる今日この頃。乾杯の一杯を終えたあとは、冷えた身体を温めてくれる、かんをした日本酒にも手が伸びる時期でもあります。
さて、みなさん定番の「日本酒のさかな」といえばどんなものがあるでしょうか?
刺し身はもちろんのこと、酒盗やイカの沖漬け、イクラ、たこわさなどの漬け込み系や、アンキモ、ポテトサラダ、肉じゃが、板わさなどなど。今の時期だと鍋物もたまらないですね。地域や時期によって多種多様なのが酒のさかなの魅力の一つですし、枚挙にいとまがありません。
みなさんそれぞれに「これは外せない一品」というのがあるでしょうし、もし「酒のさかな総選挙」なんかやろうものなら、どれが1位か、口角泡を飛ばす議論に発展してしまうかもしれません。
今回は、ちょっと視点を変えて、酒のさかなの原点とも言える「塩をつまみに酒を飲む」スタイルをご紹介したいと思います。
「え、塩で酒を飲むって…どんな酒好きがそんなことするんだ?」とちょっと引いたそこのあなた。実は酒に塩を合わせるというのは、そんなに特殊なことではないのです。
たとえばカクテルでは、グラスのふちに塩をつけた「スノースタイル」という様式があり、少しずつ塩を口に含みながらカクテルを楽しみます。ウオッカとグレープフルーツジュースを混ぜて仕上げた「ソルティドッグ」や、テキーラとホワイトキュラソーをライムジュースで割った「マルガリータ」など、たぶんお酒を飲む人なら誰でも一度は耳にしたことがあるだろうメジャーなカクテルが、この様式で提供されています。
また、スノースタイルは、別に見た目の華やかさを増すという役割だけでなく、アルコールや果汁の苦味や酸味を塩のしょっぱさが打ち消すことによって、甘味を引き出すという役割も担っています。
さて、話を日本酒に戻しましょう。
この「塩をさかなに日本酒をたしなむ」という習慣がいつから始まったのかを調べてみたところ、少なくともすでに戦国時代には始まっていたようで、特に上杉謙信は酒のさかなに塩、味噌、梅干しなどを好んで食べていたようです。今でこそ塩は当たり前にあるものですが、当時はまだまだ入手が難しい希少品であったことから、塩も、それを大量に使わないと作ることができない味噌や梅干しも、とても貴重だったことが推察されます。
そしてこの習慣は江戸時代になっても続けられ「升」で酒を飲む際には、そのふちに塩が盛られていました。戦国時代に比べたら物資もある程度豊かなになったはずの江戸時代に、なぜわざわざ塩を酒のさかなにしたのかという理由ははっきりとしておらず諸説あるようで、有力なものとして下記の5つがあります。どれか一つが正しいというよりは、これらの理由が絡み合っているのだと思われます。
1.塩を口に含むことで酒の味が甘く、うまみを強く感じられるため
2.食事でお腹が膨れると酒の味がわからなくなるため
3.塩の塩分によって喉が渇くので酒をより飲みたくなるため
4.日本酒には甘味、うまみ、酸味、苦味が含まれており、そこに塩のしょっぱさが加わることで五味がそろい味わいのバランスが良くなるため
5.一般庶民の食生活はまだまだ質素なものであり、潤沢に酒のさかなを用意できなかったため
その後、瓶詰の日本酒が主流になる昭和中期ごろまでは、角打ち(かつて、酒屋の一角で量り売り用の升で店頭の客に味見をさせたことから派生した、現代にも伝わる立ち飲みスタイル)で酒を提供する際に、酒の味を引き立たせる塩がさかなとして使用されていたそうです。
時代の流れとともに日本酒の消費量が下降し、角打ちも減少するにつれ、この習慣は徐々に廃れていきましたが、ここ数年になって、この「塩をさかなに日本酒をたしなむ」という楽しみ方が逆に「通っぽい」「粋だ」「酒の味がよくわかる」ということで、再び脚光を浴び始めています。
前置きが色々長くなってしまいましたが、今回は、「日本酒に合う塩」をいくつかご紹介したいと思います。日本酒といっても色々ありますが、まだ寒い時期なので、かんに適したうまみや酸味が強めの、しっかりしたボディーの純米酒がおすすめ。
今回は、幅広い温度帯に対応してくれる「杜氏の晩酌 純米 吉乃川」(新潟県長岡市)を選び、温度はぬるかんにして、相性の良いタイプの違う塩を5つセレクトしてみました。どの塩を合わせるかによって引き出される日本酒の味わいも変化しますので、ぜひ色々試してみてください。
日本酒の味わいと同化してうまみを全体的に引き上げてくれるのが、「杜氏の晩酌 純米 吉乃川」と同じ新潟県産の海水塩「塩の花」。名勝としても名高い笹川流れの海岸沿いに建つ製塩所で、目の前の海でくみ上げた海水を、薪で炊いた平釜でコトコトと15時間火にかけて結晶化させています。
その中でも一番最初に結晶化してきたフレーク状の塩だけを採取したこの「塩の花」は、最初はあまり味を感じないものの、酒や唾液で溶けるにつれて適度なしょっぱさや苦味、酸味を順に感じます。それが、日本酒の味の変化とマッチするため、最後まで濃厚なうまみを楽しむことができます。粒が大きくフレーク状なので、カリッとした食感も楽しめます。
次におすすめなのが、福井県産の海水塩「越前塩」。地元福井にあふれるおいしい食材の味を引き立たせたいという想いを抱いた生産者の試行錯誤の末に生み出されたお塩ですが、その味わいはまさにお米向き。そのため、お米の力強さが感じられる日本酒との相性はバッチリなのです。
適度なしょっぱさと心地よい苦味があり、余韻の長い濃厚なうまみが感じられます。ふわふわしていて、なめらかな口当たりです。
3番目にご紹介するのが、沖縄県の離島・多良間(たらま)島産の海水塩「くがにまーしゅ 細塩」。手つかずの自然が多く残るこの島の美しい海水を、あえてなにもせずに結晶箱の中にいれ、風と太陽の力だけで数カ月かけて濃縮・結晶させていくという、究極のサンドライ(天日)塩です。
長い時間をかけて育てられた結晶は少し粒が大きめで、ガリッとした食感も楽しめる。かむほどに力強い骨太なしょっぱさとともにはっきりとした酸味を感じることができます。味覚の対比効果と抑制効果の合わせ技で、日本酒の甘味をひきたててくれます。
これまで紹介してきた塩とはちょっと異なり、縁の下の力持ちとなって日本酒の味わいを引き立てるというよりは、塩そのものに珍味のような味わいがあるのが、パキスタン産の岩塩「クリスタル岩塩」です。この塩そのものに干した帆立の貝柱のようなコハク酸系のうまみが感じられるため、なにか貝類のつまみを食べているような気分になります。
なお、パキスタン産の岩塩といえば鉄分を多く含んだピンク色のものが主流で、これくらい透明度の高いクリスタルタイプの産出量は少なく、とても希少です。
最後にご紹介するのが、山形県鶴岡市温海にある製塩所「吉野屋」で生産される藻塩「吉野屋 あらめ塩」です。藻塩とは海藻を利用して作られた塩のことで、塩に海藻のエキスが含まれています。
一般的に藻塩づくりにはホンダワラ(玉藻)が使用されますが、今回ご紹介するこちらの藻塩は、アラメを使用しています。独自に開発したという製造方法により、コンスタントに小さなピラミッド状~フレーク状の結晶を作り出しているため、口に入れるとサクッとした食感を楽しむことができます。溶けるにつれてふんわりと磯の香りと海藻のうまみを感じることができます。こちらも前述の「クリスタル岩塩」同様、塩そのものの風味が強いので、なにか海藻類を使ったおつまみを食べているかのような雰囲気になります。
今回は純米酒に合う塩を5種類ご紹介しましたが「塩」を選ぶことで、繊細に変化する酒の味わいを楽しむことができるので、酒の味を追求したい方にはぜひおすすめです。
ただし、塩だけで日本酒を飲むと酔いが回るのが早いので、適度に「和らぎ水」を飲むこと、また、酒の味を堪能する前に、たんぱく質、糖質、脂肪を含んだおつまみ(ポテトサラダや肉じゃが等)を取るようにしてくださいね。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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