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9秒台支える「桐生シューズ」 皮膚のような軽さ実現 アシックスが精鋭チーム、東レの自動車部品向け繊維に着目

2018/1/11 日本経済新聞 朝刊

手前が桐生選手の最新のスパイク。2013年世界陸上で使ったスパイク(奥)に比べてフラットな作りになっている

 日本陸上界は今、隆盛期を迎えている。その中心にいるのが2017年、男子100メートルで日本人初の9秒台を出した桐生祥秀だ。二人三脚で歩んできたメーカーもシューズ開発に情熱を注ぎ、世界と戦うスプリンターを支える。

 「足にピンが付いた感じで走りたい」。100メートル走で日本人として初めて10秒を切った桐生の口癖だ。それを実現するための組織が、大手スポーツメーカーのアシックスにはある。スパイクを作製する「桐生チーム」だ。

 選手の声を吸い上げるスポーツマーケティング部や新しい素材を開発する次世代技術開発チーム、フットウエア開発部&カスタム生産部など、社内の精鋭たちが集結、桐生の靴作りには20人近くがかかわった。

桐生選手のスパイクの開発に携わるアシックスの田崎公也さん(右)と谷口憲彦さん
実験用のトラックに設置されたカメラで選手の動きを分析する(神戸市西区)

 選手は実に感覚的だ。桐生も「軽くてフィット感がいいのが良い」とだけ伝える。形にする作業は難儀で「具体的な解を予測し、試すことの繰り返し」(チームリーダーの田崎公也=47)。挑戦は、リオデジャネイロ五輪を1年後に控えた2015年から始まった。

 そもそも、陸上スパイクは軽い。足のサイズ25.5センチの桐生が、1年前まで履いていた靴は片足140グラムだった。チームがまず達成を試みたのは異次元のフィット感だ。それまで合成皮革を使っていたアッパー材の変更に乗り出した。

 おあつらえ向きの素材があった。東レが自動車の特殊部品向けに開発していた繊維だ。バネ感のある材料を織り込んだ織物で、強度があり伸縮性に優れる。薄さと強さのバランスさえ整えれば1枚の布で靴の形をこしらえることができる。

 合皮で靴を形作るには、数十のパーツを縫い合わせる作業が必要となる。「匠(たくみ)の技術」で違和感をなくすのがメーカーの誇りだが、はだしで靴を履く桐生には縫い目は悪だ。

 「東レと桐生選手の間を何十往復もした」。新世代技術開発チームマネジャー谷口憲彦(43)。結局、16年リオ五輪に間に合わず、桐生は合皮スパイクを使った。ただ、関係者はあきらめず、新たな試みは徐々に完成度を増していく。

 16年9月の日本学生対校選手権。桐生は公式戦で初めて、新繊維のスパイクを履いた。「足を入れたときの感覚がすごくいい」。開発当初、この素材が使えるのかと考えていた田崎や谷口にとって、最高の褒め言葉。大記録への光明もみえてきた。

 軽さも追求した。伸縮する素材を生かすと、生地の厚さを従来の4分の1ほどの0.5ミリメートルに抑えることができた。構造も工夫し、従来品より片足20グラム軽減。「スパイクを皮膚のようにするという理想に近づいた」(田崎)

 田崎は「さらなる軽さが我々のミッション。100グラムを切りたい」と力を込める。ソールなど骨組みの構造を見直し、余分な素材を排除する試みだ。視線の先は20年の東京五輪だ。

 桐生が9秒台を出した時、足をするようにしてスタートするため、準決勝でシューズの先に穴が開いた。決勝で使ったのは新品。「高級すし屋ではないが、出したての靴が記録につながったのはメーカー冥利に尽きる」。靴づくり職人、田崎らの本音だ。=敬称略

(北西厚一)

[日本経済新聞朝刊2018年1月11日付を再構成]

 桐生祥秀選手が2020年の東京五輪に向けた意気込みを語っています。こちら(「最速争い、次は世界 桐生選手『記録もっと伸ばせる』」)もご覧ください。

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