「(そうだ、じいさん。よくやった!)独立を回復した日本は、再び自分たちの力で国際社会を生き抜いていかねばならない。吉田が自分のペンを使ったということが、いみじくもその意気込みを表しているように思えて心を打ったのである」(『白洲次郎 占領を背負った男』講談社刊)

ところが、吉田の長女、麻生和子は自著「父 吉田茂」(光文社刊)でこのように書いている。「講和条約にサインした万年筆をぜひとも記念にほしかったので、“自分の万年筆でお書きになってちょうだいね”とこっそり念をおしておいたのです」。ことの真相は不明だが、いずれにせよ、万年筆でなければ成り立たないエピソードではある。万年筆は原則的に貸し借り厳禁なアイテムだからだ。

使い込まれた万年筆は、持ち主の筆圧や書きグセに応じて、ペン先が削られている。他人にとっては書きにくいばかりでなく、ヘタをするとペン先の調子まで狂わせてしまうから、共用は不向きなのだ。

■他者とは共有できない それが男の魅力

最近は、クルマや自転車など『シェアリング』するアイテムが増えているし、ソーシャルメディアの発達で欧米では「シェアリング・エコノミー(共有型経済)」という新たな概念すら生まれている。ところが、ダンディズムという美学においては、他人と共有出来ないものを幾つか持っているかが重要であって、男の魅力をはかる普遍的なバロメーターにもなろう。

その象徴が万年筆なのであって、アナログであっても、いやアナログだからこそ、むこう千年、世の中から無くなることはないと思うのである。

なかむら・たかのり
コラムニスト。ファッションからカルチャー、旅や食をテーマに、雑誌やテレビで活躍中。著書に「名店レシピの巡礼修業」(世界文化社)など。

[日経回廊 3 2015年8月発行号の記事を再構成]

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