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Men's Fashion
DANDY & RHAPSODY

2018/3/14

DANDY & RHAPSODY

まだ駆け出しのころ、帝国ホテルの犬丸一郎さんに、旅の秘訣について質問したことがある。「その街の一番いいホテルの、一番安い部屋にしなさい」と犬丸さんはいう。「初めての街であれば、誰も君の素性は知らない。ホテルが君の信用になるはずだ」。ホテルでいいサービスを受けたいのなら「君自身を精いっぱいアピールしなさい」。言葉がおぼつかなければ、身だしなみや持ち物で一目置かせ、「トランクは雄弁だよ」と諭して下さった。

■使い込むことで、物を育てる

ちなみに、このトランクには記念に頂いた、ホテルや客船のステッカーを片っ端から貼り付けている。気がつけば、雄弁に語るどころか、トランクが旅のリアルな履歴書になってしまった。使い込むことで、物を育てるという骨董に共通するたのしみも、ひそやかな喜びである。

『伝説のトランク100 ルイ・ヴィトン』(河出書房新書)によると、かばんにホテルのステッカーを貼る習慣が始まるのは19世紀末だという。ステッカーは旅人が旅の自慢を誇るための流行だが、ホテル関係者にとっては別の重要な役割があった。貼る位置によって持ち主が「大変気前が良い客/不愉快で小うるさい客/不愉快ではあるが立派……」と、ホテル内部でスタッフが共通の暗号に使っていたそうだ。

ならば逆手にとることもできまいか。なんて邪心も芽生えそうだが、最近はステッカー自体が消滅しかけているから、そんな符丁も旅の麗しき追憶の一つとして、残るのみなのかもしれない。

なかむら・たかのり
 コラムニスト。ファッションからカルチャー、旅や食をテーマに、雑誌やテレビで活躍中。著書に「名店レシピの巡礼修業」(世界文化社)など。

[日経回廊 1 2015年4月発行号の記事を再構成]

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