ノー・ナイフ、ノー・ライフ。by Takanori Nakamura Volume 2

かつて、取材で訪れたカルロさんの自宅で、その自慢の豚をグリルで頂いた時、私のナイフの扱いがよほど気に入らなかったか「そんな切られ方をしたら、豚が泣く」と叱られた。「チンタネーゼはトロのように繊細な肉質だから、刺し身を切るように刃筋を立てるのがコツだよ」という。切るか切られるか。ダンディーぶりすら見切られるとあっては、ナイフの扱いも、ゆめゆめ予断が許されない。

ちなみに、予断を許さない状況を、英語で「ナイフ・エッジ」と表現する。日本語だと、「鎬(しのぎ)を削る」ような状況だろうか。鎬とは、日本刀の両側に走る稜線(りょうせん)のこと。ナイフ・エッジ同様に、刃物の部位を指す言葉が由来というのは面白い。これも刀が日本人のイメージから消滅しつつある影響であろう。近ごろは、ナイフも日常から排除されがちだから、ナイフ・エッジという言葉も、そのうち死語となるのだろうか。

■男たちからナイフを奪うな

ナイフを使った事件があると、矛先をナイフに向けるような人は、ナイフの本性を知らない人だろう。ナイフはもっとも原始的な機能のツールであると同時に、人を傷つける武器にもなるが、むしろその恐怖や残酷さゆえ、畏敬の念や美しさも宿すのだ。美とは、ある種の緊張感の中からしか生まれないとするならば、私たちがナイフから学ぶことはたくさんあるはずだ。少なくとも、美しいナイフが持つ緊張感に自覚的に生きる人は、そうやすやすとキレることもないだろう。

いま必要なのは、男たちからナイフを奪うことではなく、ナイフが持つナイーブさを、知ることなのだと思う。

なかむら・たかのり
コラムニスト。ファッションからカルチャー、旅や食をテーマに、雑誌やテレビで活躍中。著書に「名店レシピの巡礼修業」(世界文化社)など。

[日経回廊 2 2016年6月発行号の記事を再構成]

(3)万年筆は、千年あたらしい。>>
<<(1)トランクは雄弁だ。

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