公海に大規模な海洋保護区を 国連が初の国際条約作り
世界の国々が2年にわたる歴史的な活動に取り組み始めた。公海の生きものを保護する世界で初めての国際条約を締結しようとしている。
2017年12月24日、10年以上におよぶ議論の末に、ついに本格的な条約交渉を行うための政府間会議を招集する採決が国連でとられた。その結果、これから2年間にわたり、「海の憲法」とも呼ばれる「海洋法に関する国際連合条約」に基づいて、法的拘束力を持つ条約の詳細が協議される予定だ。
この「海洋版パリ協定」により、公海の広範囲にわたる海洋保護区を設けることが可能になる。これはまさに海洋学者が長い間待ち望んでいたものだ。課題の一つは、たとえば、国際捕鯨委員会や国際海底機構といった既存の組織を阻害せずに公海を保護するにはどうすればよいか、ということである。
地球の表面の約半分を占める公海は、どの国も管轄権を持たないみんなの水域だ。最も深いところでは、およそ水深11キロメートルにもおよぶ。広くて深い海域は、貴重な魚類からプランクトンに至るまでさまざまな生命で満たされている。公海はまた、私たちに欠かせない酸素の発生源であり、世界の気象も大きく左右している。
「これは、持続可能な利用および海洋の保全を最優先した海洋統治を手にする数十年に一度の機会です」と、非営利団体ピュー・チャリタブル・トラスト(Pew Charitable Trust)の副理事リズ・カラン氏は語る。「私たちが吸う酸素があるのはみな、海のおかげだとも言われています」
メキシコ政府とニュージーランド政府、そして140以上の政府支援団体が採決の内容を調整した。この条約は「公海を保護するための強いメッセージ」を送るものになるだろうと公海連盟(HSA) は述べている。
願わくは、2020年半ばに世界各国が条約に調印できるようになっていること。この条約の実現に、世界各国が注目している、とカラン氏は言う。
大規模漁業の大きな影響
公海とは、国の海岸線から200海里までの排他的経済水域(EEZ)の外側を指す。つまり、公海で漁をする船は通常大型船に限られ、その多くが海底を損なう底引き網漁船だ。
日本や韓国、スペインのような豊かな10カ国の船が、公海における漁獲量の71%を水揚げしている。彼らが自国の港からはるばる遠くまで漁をしにやってくる理由は、推定1億5000万ドル(約170億円)にのぼる助成金で経費が穴埋めされているからにすぎない、とカナダ、ブリティッシュ・コロンビア大学水産経済学研究ユニット所長ラシッド・スマイラ氏は話す。
世界の年間総漁獲量は、不正な漁業によるものも含めると、2010年には約1億900万トンと推定される。これは、肉用牛約2億2000万頭分に匹敵する。米国の牛肉産業で消費される牛が年間3000万頭であることと比較すれば、その多さがわかるだろう。
さらに、世界の総漁獲量は1990年代半ばから減少し続けている。1970年代、乱獲された漁場は世界の漁場の10分の1とされていたが、今では全体の3分の1まで広がっていると考えられている。しかし公海の保護が進めば、この傾向を覆せるかもしれない、とスマイラ氏は語る。
公海における漁獲量は、世界の総漁獲量の1割以下だが、もし助成金がなくなれば、その漁獲量もぐっと減り、大型船に用いられる汚染度の高い燃料による害も大きく減るかもしれない。スマイラ氏が率いる研究によると、商業的漁業を公海から完全に閉め出すことができれば、公海は「魚の銀行」のような役割を果たし、沿岸の漁獲量を18%引き上げられるかもしれないという。排他的経済水域の内部で捕獲された魚の約70%が、一時的に公海へ回遊しているからだ。(参考記事:「10年で世界の魚の数を回復できる、研究報告」)
「漁業活動を沿岸に制限することは、経済的にも環境的にも賢明な方策といえます」と、スマイラ氏は話す。
温室効果ガスとの関連
公海には当然、魚のほかにも多くの生きものが生息している。無数のプランクトンは魚などの餌になるだけではなく、温室効果ガスである二酸化炭素を取り込んでいる。化石燃料が排出する二酸化炭素の約半分が、海洋に吸収されている。もう半分は大気として残り、地球を温暖化させているわけだ。
スマイラ氏の共同研究者である英オックスフォード大学のアレックス・ロジャーズ氏は、公海に生息する海洋生物は毎年15億トンにのぼる二酸化炭素を大気から吸収し、最終的には海底に積み上げていると推定している。米国政府省庁間の作業部会の情報によると、これは年間1480億ドル(約16兆円)の炭素除去費用に相当するという。ちなみに、世界の総漁獲高は年間1000億ドル(約11兆円)相当だ。
「公海に大規模な海洋保護区を設けることは、世界中の人々にとって良いことです」と海洋保全ネットワーク「Ocean Unite」のリーダー、カレン・サック氏は語る。それはつまり、豊かな国が公海で捕獲する魚の量が減り、世界中の沿岸漁業者がより多くの魚を捕れるようになるということだ。この保護が可能になれば、海洋は酸性化や温暖化のような気候変動による影響から立ち直り、ひいては公海に吸収される二酸化炭素も増え続けるかもしれない。(参考記事:「パラオで魚が増加 海洋保護区の効果が実証」)
「このような保護区を設けるには法的な整備が必要であり、今回の新しい海洋条約は、その必要に応えたものなのです」と、サック氏は述べる。
海底に存在する鉱物資源を採掘したり、医学や商業的な利益を産む未発見の種を発見したり、あるいは地球工学の技術を開発したりするなど、将来の課題を解決するためにも、公海の適切な管理は必要だとサック氏は主張する。「これは人類にとって最も意義のある協議の一つになるでしょう」(参考記事:「油田探査の爆発音 動物プランクトンに大量死の恐れ」)
このような協議は当然、簡単ではない。しかし、海が困難な状況にあり、違法な漁業や人身売買などの不法行為が公海で横行しているという意見には、大半の国が賛同している。一方、遠からず持ち上がりそうなのは、次のような最大の難問だ。操業停止などによって影響を受ける人々はどのように乗り切ればよいのだろうか?
スマイラ氏は言う。「魚と漁師には投資をしなければなりません。それが良い経済というものです」
(文 Stephen Leahy、訳 潮裕子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年12月27日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。