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バブル絶頂期もボディコンは無縁 自立心育てた東女 及川美紀・ポーラ取締役執行役員が語る(上)

2018/1/8

ポーラの及川美紀取締役執行役員

「東女(とんじょ)」の愛称で知られる東京女子大学(東京・杉並)。少子化の逆風のなか、堅実な就職実績で高い人気を維持している。ポーラの及川美紀取締役執行役員(49)も卒業生の1人だ。女子大ならではのカリキュラムや校風が、卒業後のキャリアにも影響を与えたと話す及川氏。学生時代を振り返りながら、東女の強みを語ってもらった。

宮城県石巻市で育った。

父はサラリーマンでしたが、私が小学3年の時に、会社を退職し、故郷の宮城県石巻市で商売を始めました。

父の商売はあまりうまく行かず、家計に余裕がなかったので、予備校の夏期講習や冬期講習を受けるためのお金は、家庭教師や皿洗いのアルバイトをして自分で貯めました。

私の高校からは、当時、年に4~5人は国立大に入るものの大学進学者は少なく、就職する生徒も大勢いました。私も、進路面談の時に大学に行きたいと言ったら、先生に笑われました。もっとも、その時の私はテストで学年230人中203番となるなど、落ちこぼれ状態。先生の反応も無理からぬところでした。でも、そこから一念発起して必死に勉強したら、大学進学を狙えるところまで成績は上がりました。

大学に進学しようと思ったのは、周りの大人を見て、将来、女性が安定した職を得て経済的に自立するには、大学への進学が欠かせないと思ったからです。家が経済的に苦しかったため一層そう考えたのかもしれません。

東女を選んだのは、東京で就職しようと考えたからです。両親の苦労する様子を見て、田舎で稼ぐことの大変さを肌で感じていました。

お金のことを考えれば、大学も、授業料の安い国立のほうがいいという話になりましたが、数学がからきしダメで、受験科目に数学がある国立大は最初から諦めていました。親は私を東京の大学に行かせることを渋っていましたが、親自身の憧れもあったのか、東女なら行ってもいいと許してくれました。東女は地方出身者用の寮があり、生活費がそれほどかからないことも決め手でした。大学には奨学金をもらって通いました。

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