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作曲家の望月京さん 今どきの現代音楽を語る

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NIKKEI STYLE

現代音楽の作曲家、望月京(みさと)さんが脳科学や経済学に触発された楽曲作りに取り組んでいる。娯楽や癒やし、個人の感情表現とは別次元の発想からどんな新しい音楽が生まれるか。楽派なき今どきの現代音楽の最先端を語った。

個人の内面ではなく言葉にできない何かをつかむ

グスタフ・マーラー(1860~1911年)が「第10番」までの長大な交響曲群で後期ロマン派最後の輝きを放った後、シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの新ウィーン楽派から始まった現代音楽。古い形式の破壊と前衛性を最重要課題に掲げ、無調、十二音技法、総音列技法などの名の下に様々な実験を繰り広げてきた。しかしリゲティ、シュトックハウゼン、ブーレーズら大物作曲家が2000年代以降に相次ぎ世を去った今、楽派や潮流が見えない混沌とした状況が続いている。日本を代表する作曲家の一人、望月さんは現代音楽をどう捉えているのか。音楽の枠を超える様々な分野への好奇心と発想が見えてきた。

――現代音楽と自作をどう位置付けるか。

「19世紀ロマン派の時代から音楽は個人の内面を描き続け、個人的な葛藤や私事を音楽に投影するスタイルが中心になっていた。個人の感情的な話は誰にも分かりやすく共感されやすいため、そういう傾向が長く続いた。今もポピュラー音楽では恋や愛を巡る個人の内面の話が多い。でも私にはそうしたことを全く意識せず、自分の書きたいものを書く面がある。加えて商業的な音楽を書きたいわけでもない。現代では癒やしや娯楽のための音楽が中心になっているが、音楽はそれだけではない。昔は文字を読めない人に言葉を超越したところで何かを身体や感覚で理解してもらうという役割があった。音楽あるいは芸術全般は目に見えないエネルギーや神といったものと人々をつなぐ役割を果たしていた。単なる娯楽や癒やしではなく、言葉で言い表せない何かをつかみ取り喚起するのが芸術の力だ。そうした力をどう生み出せるかを考え、個人的かつ普遍的、ローカルかつグローバルという作品を目指している」

――17年に作曲したのはどんな作品か。

「脳科学に触発され、脳や頭、顔をテーマにした曲を書いた年だった。作曲したのは2作品。1つは『ブレインズ』という作品名で、意味は英語の『脳』。ラジオ・フランスの仏プレザンス音楽祭で2月に世界初演した。もう1つは南西ドイツ放送の委嘱で書いた『テット(頭/顔)』という作品で、『テット』はフランス語で『頭』という意味。こちらは10月の独ドナウエッシンゲン現代音楽祭で世界初演した。なぜ脳や頭なのか。私も最近はたまに物忘れをする。そんなとき、昔のことはよく覚えているが、つい先ほどのことは忘れているとか、規則的ではない脳の働きが面白いと思った。今は一般に人工知能(AI)やロボットへの関心も強い。人工の脳ならどんな働きをするかなどと想像しているうちに、脳の仕組みを音楽に置き換えて私なりに理解したいと思うようになった」

脳科学に触発され脳の仕組みを理解しようと作曲

――どんな編成や内容の作品か。

「まず『ブレインズ』はバイオリン2人とビオラとチェロによる弦楽四重奏曲。形が似ていて家族みたいな同じ弦楽器だ。脳研究者の池谷裕二さん(東京大学・大学院薬学系研究科教授)の著書を読み、対談したときに出た話だが、人間の脳には『私は誰か』という自分探しをする、あるいは自分探しをしたがるという特質があるらしい。集団の中で巨視的に見渡し、自分が何者かを捉えるのは、自分のいる場所を理解し、どこへ行ったらエサを得られるかという本能的な生存に関わることかもしれない。そんなアイデンティティーの問題は人間だけの話なのか。人工知能になったらどうなるか。人間関係に似ている弦楽器でこのテーマを扱ってみた」

「生まれてきた人間が他人のまねをして学習するという脳の最も基本的なところを音楽に置き換えた。ミラーニューロン(他者の行動を見ても活性化する脳内神経細胞)みたいに誰かの行為をまねしていくわけだが、弦楽器によってまねの仕方に限度やスピードの差がある。特にチェロに他人と全然違うことを執拗に続けることを担わせた。他人と同じことをうまくできない要素が入ってくると、音楽としては面白くなる。そこにメッセージや示唆を盛り込んだわけではない。『音楽外』の興味深いことを音楽に植え替えて理解するという面白い実験をしているようなものだ。演奏時間は10分程度だが、シリーズにして続編を書きたい。18年6月にはこの曲を初演したディオティマ弦楽四重奏団が来日ツアーをするので、そのときに日本で演奏してくれるはずだ」

――脳科学と音楽はどうつながるか。

「脳の活動の90%くらいは自発活動らしい。脳研究者の池谷さんは音楽に興味を持っていて、ネズミの脳の自動発火の動きを点で描き、ピアノの音色で十二音に置き換えた。それを聴かせてもらったら『タララララーン』という何らかのパターンが繰り返し出てきて面白かった。ロシアの作曲家スクリャービンのピアノ曲のような響きがする。単なる発火点でも音に置き換えると秩序化される。脳の動きと音楽は関係ないみたいだが、ある程度長く聴いていると繰り返しのパターンが見えてくる。音楽の形式とは、いかに飽きさせずに繰り返し記憶に訴えるかということだ。すぐに忘れられてしまう時間芸術が持つ宿命から来た形式だ。全く関係ないと思える分野でも、それを音に移し替えると音楽との共通点や普遍的法則が見えてくることが分かり、作曲の可能性が広がる」

――「テット(頭/顔)」はどんな作品か。

「男声を一応歌手が担当し、歌う場面もあるが、歌曲ではなく、朗読や落語みたいなところもあり、背後に8人ほど音楽家がいる。そんな編成の作品だ。ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『怪談』を基にドミニク・ケレンという脚本家がおかしみのあるテキストを書いた。『怪談』の中から首や顔や頭を失う話を選んで、その意味を現代に置き換えて作品にした。切腹や斬首は昔の話のような気がするが、現代にも例えば中東の戦闘地域では斬首があった。インターネット上でも画像の加工やなりすましによって頭や顔をなくしアイデンティティーを失う事例もある。アイデンティティーは世界中で普遍的な問題だ。日本の昔話を使っていてもエキゾチシズムで訴えかけようと思ったわけではなく、実際エキゾチックな音楽ではない」

「賢い水」へと変転していく自然を考察する音楽

望月さんは青山学院初・中等部から東京芸術大学音楽学部付属音楽高等学校を経て東京芸術大学・大学院作曲専攻修了後、パリ国立高等音楽院を修了。その後、16年に亡くなったフランス現代音楽の旗手ピエール・ブーレーズ氏が組織したフランス国立音響音楽研究所(IRCAM、イルカム)で研さんを積んだ。倍音の解析・合成などの手法を用いるスペクトル楽派の第一人者トリスタン・ミュライユ氏らに作曲を師事。独シュティペンディエン賞や芥川作曲賞など国内外で受賞多数。欧州の放送局や財団、各国政府の文化行政機関などから委嘱されて作曲するケースが多い。これまでの作品数は60曲余りと寡作だが、特に欧州でいずれも高い評価を受けている。細川俊夫氏や英国在住の藤倉大氏らと並び、日本を代表する現代音楽の作曲家だ。

望月さんの作品を知る手掛かりとして、14年リリースのCD「望月京:エテリック・ブループリント三部作」(販売元 東武ランドシステム)がある。03~06年に欧州で初演された「4D」「ワイズ・ウォーター(賢い水)」「エテリック・ブループリント(天空の青写真)」の3部作で、杉山洋一氏の指揮で伊ミラノの現代音楽合奏団「mdiアンサンブル」がレコーディングした。いずれも目に見えない事象や不可思議な感覚を音楽にして考察するのがテーマだ。そこには作曲家の思考の軌跡が描かれる。例えば「ワイズ・ウォーター」は雨音から始まり、水が土壌への浸透や河川への流入を通じて様々な情報を取り込みながら「賢い水」となり、泡や波や蒸気に変転する仕組みを様々な楽器の音で考察している。娯楽や癒やしとは無縁に思えるが、哲学書や科学エッセーを読むのが面白いのと同様、こうした考察の音楽も聴けば楽めるはずだ。

――経済学に触発されて作曲することもあるか。

「私が今、自発的に興味を持っているのはウィーンのアンサンブルのプロジェクト。オーストリアのトマ・ピケティ(『21世紀の資本』を書いたフランスの経済学者)みたいな人だと思うが、クリスティアン・フェルバーという経済学者がいて、その人が提唱している『コモン・グッド(共通善)』という経済概念を扱う音楽になる。『共通善』とはみんなにとって良いことに対価を支払う経済システム。今は共産主義と資本主義の二大経済システムがどちらも破綻を抱えているが、第3の経済システムとしてフェルバー氏が提唱した。アニメのフィルムとともに音楽をつくる」

共通善の経済システムを音楽に置き換える挑戦

「まず『共通善』を理解するためのワークショップがウィーンで開かれたので行って受講した。共通善を自社の経営に取り込んだ人の講座だったが、矛盾点や問題も出てきているようだ。給料が仕事の成果に対してではなく、誰かに親切にしたとか良心の行為に対して支払われるシステムだが、弊害もあるという。偽善の問題もある。結局あまり浸透していないらしい。そんな経済システムのコンセプトを音楽で表現する上で注意すべきなのは、説明的になってしまってはいけないということだ。あまり論理的な表現では音楽の持っている良さが生かされない。音楽は数学的で論理的、非常に秩序だった構造を持つ面もある。しかしそういう面を無視して感覚的な部分だけでも成り立つのが音楽のすごいところだ。まだどう作曲するか思案中だが、かなり面白い試みだと思う。これは19年2月にシュツットガルトで世界初演することが決まっている」

――なぜ音楽と縁遠い分野に触発されるか。

「いろんなことを知らないからだと思う。よく知らない分野について音楽に置き換えたらどうなるかを考えるのが面白い。私は明治学院大学文学部芸術学科で教授をしているが、音大ではない場所で教えているのも作曲にとってはよかった。高校から音楽学校に通ってきたし、音楽を専門にする人たちだけに通じる話ではないことを考えたいと思っていた。今は学生からもたくさんヒントをもらっている」

――現代音楽の課題は何か。

「一番大きな問題は現代音楽が狭い世界に閉じこもった状態になって久しいということだ。20世紀初めにシェーンベルクらが十二音技法を打ち出して以降、それまでみんなが慣れ親しんできた音楽の調性やリズム、拍子、メロディー、ハーモニーといった秩序やシステムを作曲家たちが全部解体していった。さらには教会をはじめ音楽の場も壊されて、物語性も無くなっていった。人々は何をよりどころにして音楽を聴いたらいいか分からなくなる。そうなると、どんなシステムで何をやろうとしているのか、専門的に知っている人にしか現代音楽を理解することができなくなる。現代音楽は狭い世界の専門家だけのものになっていく。そういう傾向をこのまま続けていっていいのか」

作曲を通じて興味あるものをかみ砕いて考える

「前衛という言葉が常に念頭にあり、新しいものを提出し続けなければならない、という強迫観念が特に欧州の人々には強いと思う。マクルーハン(カナダの文明批評家)のメディア理論がいうように、文字の発明によって、左から右に読んでいくような時間の線的な流れが思考に染み込んでいるせいかもしれない。しかし一方で東洋の輪廻(りんね)思想といった循環する時間の考え方もある。『現代』というのは線的にたどり着いた現時点ではないとも考えられる」

「例えば動画共有サイト『ユーチューブ』。いろんな時代の様々な音楽が雑多に全部同じ場所にある。誰でも好きな部分を取ってきて自分のアーカイブとして聴いて楽しめる。そうした音楽の在り方もある。線的に流れる歴史の時間の先に自分の音楽を考えるか、それとも現代をユーチューブみたいな様々なものが包含された球体として捉えるか。これは作曲家と聴き手との関係の問題でもある。分かる人にだけ聴かせればいいのか、それとも聴衆一般に何らかの歩み寄りをするか。方法は一つではない。それぞれの作曲家に任されている問題だ」

――自身の作曲の方向性はどうか。

「音楽のすごさは娯楽や癒やしだけではない。そういう音楽は世の中にたくさんあるし、私も素晴らしいと思う。しかし私自身は音楽を通じて何かを考えたい。考えて自分でそれをこうですよと教えたいわけではなくて、自分が何か考えて、そうなんだ、こうなっているんだということを自分が発見したい。私にとって作曲という行為はそういうツールだ。作曲家として興味のあるものを『かみ砕く』ことをしたい。それが自分一人の興味だと思えても、私と同様にロボットやAIに関心を抱く聴き手もいるはずだ。皆さんも興味を持つかもしれないそんな入り口から、音楽を聴いてもらい、それが分かるというのではなく、言葉や理屈を超えたところで何か感じてくれるものがあればいいなと思っている」

シュトックハウゼン氏やブーレーズ氏の亡き後、潮流をつくる大御所や楽派が不在となり、「いろんな作曲家があちこちにいる」のが今の現代音楽の状況だと望月さんは指摘する。混沌とした現状の中で彼女は「今後はできるだけシアトリカルな(劇場風の)曲を作りたい」と話す。17年初演の「テット」のように、「オペラまではいかないが、ちょっと演技が入ったモノオペラ風で、視覚的要素を取り込んだ作品」を方向性として挙げる。「音楽だけ聴いて何かを感じるのは難しい、と思う人が増えている気がする。作曲家としても脚本家をはじめ創作に関わる人が多いほど刺激が大きい」と語る。

視覚を通じて聴き手にヒントを与え、歩み寄るだけではない。異分野の視覚芸術との協業によって音楽の想像の幅を広げようとしている。線的な時間の先ではなく、今ここにある異なる世界を軽やかに巡る動きから現代音楽が開けてくる。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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