コーンブレッド、米建国の歴史映す 感謝祭の定番料理
米国では、11月の第4木曜日は国民の祝日・サンクスギビングデー=感謝祭。多くの人々が晩秋のひとときを家族とともにゆったりと過ごす。夕食の定番メニューは七面鳥の料理だが、北部のニューイングランド(合衆国北東部の6州)および南部諸州では、もう一つ、感謝祭に欠かせない食べ物がある――コーンブレッドだ。
レーズンパンのようにスイートコーンの粒を練り込んで焼いたパンだと誤解されがちだが、そうではない。
乾燥した状態で収穫し流通する、主にデント種と呼ばれる大粒のトウモロコシがあり、これを使って焼くパンだ。デンプンやその加工品などの食品原料と家畜飼料などに使われるもので、実は世界で最も大量に作られている穀物だ。これをひいた粉の目の粗いものをコーングリッツ、目の細かいものをコーンミールと呼んでいる。コーングリッツはトルティーヤチップスなどのスナック菓子の原料でもあるので、これは聞いたことがあるかもしれない。
このコーングリッツまたはコーンミールと小麦粉をおよそ半々、それに砂糖とベーキングパウダーを一緒に振るっておく。それに卵と牛乳とサラダ油を加えてさっくりと混ぜ合わせてトロトロの生地を作り、これをスキレットかキャセロール、またはケーキ型に流し込んでオーブン焼きにすると、甘く香ばしいクイックブレッド(酵母ではなく、ベーキングパウダーを使って作るパン)が出来上がる。かぐわしい香りの元はコーングリッツで、だからバニラエッセンスなどの香料は不要だ。
ニューイングランドおよび南部諸州(以下コーンブレッドゾーンと呼んでしまおう)では、感謝祭に七面鳥料理とともに、焼きたてほかほかのコーンブレッドを食卓に並べる。あるいは、七面鳥のローストを作るときにコーンブレッドをスタッフィング(詰め物)にする家も多い。
砂糖入りの生地で甘く作ることが多いコーンブレッドだが、七面鳥料理に限らず、肉料理には意外と合う。ハム、ソーセージにも合うので、コーンブレッドゾーンでは、感謝祭だけでなく、朝食などでもよく食べられている。
米国にそんな食べ物があったのかと思う向きもあるだろう。しかし、子供の頃に本好きだった人ならば、それを物語の中で読んでいた可能性がある。『トム・ソーヤーの冒険』で、トムたちがミシシッピ川をいかだで下る冒険に出たとき、家から持ち出した食料がコーンブレッドだった。ところが彼らはそれを最初の晩に半分も食べてしまう。
よほど腹ぺこだったのかもしれないが、おそらくはおいしくて止まらなかったのだろう。なにしろ、この物語を書いたマーク・トウェインの大好物がコーンブレッドだったからだ。彼は、講演で世界中を旅して各国のさまざまな食べ物を味わったはずだが、コーンブレッドをいつまでも愛し続けたと伝えられている。
日本では、「パレスホテル東京」(東京・千代田)の自他ともに認める看板商品で、創業期から扱っており、2012年の改築後も地下のショップ「スイーツ&デリ」で買い求めることができる。
同ホテルの前身は、GHQ(連合軍最高司令部)の命令で1947年に国有・国営のホテルとして開業した「ホテルテート」。マーク・トウェインのようにコーンブレッドを愛していた米国人が、これを米国からのビジネスパーソンが利用するホテルでぜひとも提供するように指導したことは想像に難くない。
買って来るだけではない。最近は日本でもコーンブレッドを家庭で楽しんでいる人が増えているようだ。主なレシピサイトで検索すると、「コーンブレッド」で80件前後がヒットする。その秘密は、おいしさだけでなく作りやすさにもあるようだ。
洋菓子店「オーブン・ミトン」(東京・小金井市)を経営し、スイーツのレシピ本などの著書も多いパティシエの小嶋ルミさんは、学生時代に雑誌でコーンブレッドのレシピに触れて以来、作るのも食べるのも好きと言い、今も毎週金曜日に焼いている。これには長年のファンがいて、店頭に並べるたびにすぐに売り切れてしまう人気商品だ。
小嶋さんによると、コーンブレッドの魅力の一つは「多少計量を間違えても失敗しない。つまりアレンジもしやすい」ことだと言う。厳密な計量と繊細な細工など丁寧な仕事で知られる小嶋さんのこと、そうは言ってもコーンブレッドも正確に作るのだが、彼女にとってのコーンブレッド作りは菓子作りの初心に返ることと、リフレッシュでもあるようだ。最近は少し塩味を利かせて、スイートコーンの粒も入れたりしている。
アメリカ穀物協会(米ワシントンD.C.)の資料によれば、米国建国期の実業家で政治家で学者のベンジャミン・フランクリンもコーブレッドのファンだったようだ。自ら定めた「13の徳目」の第1項に「節制 飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ」を挙げたフランクリンだが、「焼きたての熱いジョーニーケーキと呼ばれるコーンブレッドは、ヨークシャーマフィンより美味である」と書いた記事があり、魅力にとりつかれていたことをうかがわせる。
フランクリンがいたニューイングランドと並び、南部諸州も米国では古い州が多い。それで南部もコーンブレッドゾーンになっているのだろう。
映画『グリーンマイル』にも、コーンブレッドが重要な小道具として登場している。看守ポールは自分に「奇跡」を起こしてくれた死刑囚ジョン・コーフィに、妻からのお礼と言って彼女手作りのコーンブレッドを差し入れる場面がある。その流れで強調されているのはやはりその香りだが、同時に、コーンブレッドは家族の愛情やぬくもりを象徴する存在として扱われている。
『グリーンマイル』の舞台となる地域ははっきりと示されていないが、撮影は南部で行われた場面が多い。そして原作者のスティーブン・キングはニューイングランドに属するメーン州の出身である。やはり、コーンブレッドゾーンの人々にとって、コーンブレッドの味と香りは人生と切り離せないものであるらしい。
いや、開拓者たちが向かった中西部でもコーンブレッドは愛されていた。何しろ、前述のマーク・トウェインはミズーリ州の人だ。また、かつてテレビドラマが放映されて日本にもファンが多い『大草原の小さな家』の原作者ローラ・インガルス・ワイルダーの著作にも、コーンブレッドが「おふくろの味」として登場する――インガルス家のお母さんがコーンブレッドを作る間に、ローラたちが食卓の準備をするというように。彼らが住んでいたのはウィスコンシン州。米国人の西漸運動の中で、コーンブレッドも西へ移動していったようだ。
コーンブレッドゾーンの人々、そして米国に点在するコーンブレッドファンにとって、これは「おふくろの味」であるのと同時に、米国の建国物語を想起させるアイテムでもあるようだ。
メイフラワー号でイギリスを離れて新大陸に上陸したピルグリム・ファーザーズたちは、入植当初、作物の栽培に失敗して非常な困難に見舞われた。その彼らに先住民たちが食料を差し入れて助けたと伝えられている。
そして、彼らピューリタンたちが最初に営農に成功して満足な収穫が得られた秋に、恩人たる先住民たちを招いてお礼とお祝いのパーティーをしたのがサンクスギビングデーの起源ということになっている。
そこにコーンブレッドが登場した。使われるトウモロコシは新大陸の穀物である一方、小麦粉は旧大陸の穀物である。この両方を半々に混ぜて食べること、しかもそれが美味であることは、愛国者たちにとって特別な意味を持つわけだ――先住者と渡来した人々の融和、友情の象徴として。
したがって、感謝祭にやはりコーンブレッドは必要だということになる。
なお、コーンブレッドを最もおいしく味わうには、もう一つ重要な特徴を覚えておく必要がある。コーンブレッドは焼きたてが最もおいしく、以後刻々と弾力と香りを失い、翌日以降は味が落ちる。愛情や友情を感じるための食べ物であれば、温かさも大切ということだろう。放ったらかしではいけない。
(香雪社 齋藤訓之)
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