もちもち食感、生マグロの押しずし 和歌山、多彩な味
「ハレの日のごちそう」といえばすし。年末年始の食事にすしを食べる人も多いだろう。毎年、年明けのマグロの初セリで、大手すしチェーンが最高品質のマグロを競り合い、驚くほどの高値が付くのは正月の風物詩とさえ言える。マグロは、ごちそうであるすしの中でも「華」といえる存在だ。そんなマグロの中で注目したいのは、冷凍しない生のマグロ。和歌山県那智勝浦産など南紀のマグロだ。
クロマグロ、メバチマグロ、キハダマグロ……、季節ごとに旬のマグロを水揚げし、常に鮮度抜群の食材をそろえる。那智勝浦町内には30軒以上のマグロ料理店があり、握りずしや刺し身はもちろん、カブト焼き、カマ焼き、ステーキ、マグロ汁など、生マグロを多様に味わうことができる。
マグロの養殖で知られる近畿大学臨海研究所も白浜町にある。紀伊半島の、というよりは本州最南端の串本町でも、マグロの養殖が行われている。エサを工夫し、天然に劣らない身のしまりと良質の脂がのったマグロに仕上げた。冷凍を経ないというだけで、握りずしがひときわおいしく思えるから不思議だ。
そして、和歌山県ならではのマグロのすしにも注目したい。那智勝浦の生マグロを使った押しずしだ。握りずしはともかく、マグロの押しずしはあまりなじみがない。ふんわり握るすしとは違い、炊き加減にこわだり、米のうまみを引き出したシャリともちもちの生マグロとのコンビネーションは、握りずしにはない魅力がある。
まぐろ以外にも、和歌山県ならではのすしがある。サンマのなれずしだ。
サンマというと焼くと炎と煙が盛大に上がるほど脂が強いイメージがあるが、紀伊半島のサンマは三陸沖から寒流に乗って南下してきたもので、その間に肉が引き締まり、適度に脂が落ちている。これをいったん塩漬けにした後、軟らかいご飯にのせて半月から1カ月ほど漬け込んだのがサンマのなれずしだ。秋のサンマ焼きなら、一人で数本食べることもある大きさだけに、一人前がサンマの姿がそのままに出て来るのも魅力的だ。
なれずしは、熟成の過程で乳酸が生成され、腐敗が抑えられ、長期保存が可能になる日本古来の調理法。漬け込みが浅いうちはクセがなく、身は適度に柔らかく、ご飯も形を保っているが、これを長期保存すると驚きの味に変化する。
かつて新宮で食べた30年モノのサンマ寿司はまるっきり液体で、これを酒のつまみになめるのだという。味はチーズ、あるいはヨーグルトの風合い。乳酸の酸っぱさは、とても魚とご飯からできあがった味とは思えない。通は、漬け込みの浅いサンマずしを、調味料代わりにこの液化した30年ものに浸して食べるのだとか。
これほど海の幸に恵まれた和歌山県だが、内陸の地形は険しく、豊かな海の幸も山間部には簡単には届かない。そこで生まれたのが柿の葉ずしだ。
コールドチェーン発達以前の海産物の運搬と言えば、塩蔵がその代表だ。塩漬けすることで保存性を高め、山奥まで魚を届けた。薄くそいだ塩サバを一口大に握ったすし飯にのせ、特産の柿の葉に包んで押しずしにする。保存性が高まるだけでなく、柿の葉の香りがすしの風味を高める役割も果たしている。
塩サバを使ったなれずしは内陸に限らない。和歌山市や有田市など沿岸部でも、塩サバなどをすし飯にのせ、あせの葉で巻いておけに詰め、重しをのせて押しずしを作る。クセが強くなる前に食べる「早なれ」は、実は和歌山ラーメンの良きパートナーでもある。
濃厚な味で知られる和歌山ラーメンだが、スープのこってりとなれずしのさっぱりが絶妙のコンビネーションで、どちらもどんどん食べ進められるから不思議だ。和歌山でラーメンを食べる際にはぜひ「セット」で味わいたい。
植物の葉でくるむすしにはめはりずしもある。こちらは、熊野古道で知られる県北部・熊野地方の名物料理だ。
地元の人々は、山仕事に入る際、弁当として子どもの頭ほどもある、大きなすしを持って行く習慣がある。食べるときに目を見張るほど大きくロを開く必要があることから、めはりずしの名が付いたという。
歴史的に、本来は炊いたご飯をおにぎりにし、塩漬けした高菜でくるんだだけの食べ物だったが、現在では、中にも具が入るなど多様化し、観光で訪れた店でも食べられるようになった。
すしに限らず、和歌山県の食は実に多様だ。しょうゆは湯浅町で、カツオ節は印南町で誕生したことを知る人も多いだろう。「日本人の味」の代表格であるこの二つがいずれも地元発祥と言うだけで、和歌山県の食がいかに豊かかは想像できるだろう。
和歌山県では、そうした数々の製品に、工芸品や古くから伝わる祭りや伝統芸能なども加え「和歌山らしさ」「和歌山ならでは」の視点で推奨する「和歌山県優良県産品(プレミア和歌山)推奨制度」を毎年認定している。紹介したすしの中にも、認定品が多い。
毎年、認定品の中から特に優れたものを審査員特別賞、奨励賞として表彰しているが、今年は、食べ物では「一六一八 実 あらかわの桃」と「本ノ字饅頭」の2品が奨励賞を受賞した。
「一六一八 実 あらかわの桃」は、県産の濃厚で香りの高いあらかわの桃の果肉と果汁を46%も使用したぜいたくなシャーベット。「本ノ字饅頭」は、まんじゅうの生地を、米こうじを使って発酵させた、ほんのりと優しい酒の香りが特徴のまんじゅうだ。
和歌山県の海と山に恵まれた豊かな自然は、多種多様な美味をもたらしている。首都圏であれば、有楽町にある和歌山県のアンテナショップ「わかやま紀州館」でその一部を購入することができる。その魅力を知れば、東日本からは決して交通アクセスが良好とは言えないが、それでもなお和歌山県まで食べに行きたいと思える味も多いはずだ。
(渡辺智哉)
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