マネー研究所

Money&Investment

遺産の株売却、特例で節税も 納めた相続税を費用換算 「取得費加算」 土地や建物なども対象

2017/12/24

PIXTA

 筧家のダイニングでは幸子がなにやら電話中。「源泉徴収ありですか?」と相手に聞いています。今年の十大ニュースとして「日経平均株価、26年ぶりの高値」を取り上げたテレビを見ていた息子の満が電話に耳をそばだててニヤニヤしています。

筧幸子(かけい・さちこ、48=上) 筧良男(かけい・よしお、52=中) 筧満(かけい・みつる、15) 

筧満 ママ、おせちは中華風にするんだ。いいね!

筧幸子 はぁ~?

 だって電話で「厳選チャーシューありますか?」って聞いてたでしょ?

幸子 ……。チャーシューじゃなくて、相続した株式を売った人からの税金の相談なの。証券会社のどんな口座で取引しているのか確認したのよ。

筧良男 源泉徴収って、われわれサラリーマンの税金と同じ方式だよね。源泉徴収ありの口座だったら証券会社が税金を計算して納税の手続きもしてくれるんだから、わざわざ相談しなくてもいいのに。

幸子 相続した株式を売って大きな利益が出た場合、確定申告すると特例が適用されて節税になることがあるの。さっきのニュースでもやってたけど、企業の業績が好調で株価が上がってるでしょ。2015年までのデータしかないけど、特例の適用件数は増加傾向。これからもっと増える可能性があるわ。

 相続した株式にはどんな特例があるの?

幸子 相続税の「取得費加算」の特例といって、その株式を相続するために納めた相続税があれば譲渡所得を計算するときの取得費に上乗せしていいの。

 チンプンカンプンだな。それで節税になるの?

幸子 まず株式を売って利益が出たときの税金について説明しないとね。その株式を取得するのにかかった金額が「取得費」。要するに買値のことね。そして売値から買値を引いた売却益である「譲渡所得」に20.315%の税金がかかるの。

良男 なるほど。取得費に相続税を上乗せできれば、その分だけ売却益が少なくなって節税になるというわけだ。

幸子 こないだ相続税セミナーの講師をしたときの資料があるから見て。亡くなった父親がもともと100万円で買った株式を時価200万円のとき子供が相続したとするわね。相続税率はケース・バイ・ケースだけど、仮に15%だったとすると、この株式にかかった相続税は30万円になるわ。これを取得費に上乗せできるのよ。

良男 そして企業業績の好調で相場が上昇し、300万円の高値で売れたわけだな。取得費はもともとの買値100万円に相続税の30万円を加算して130万円になる。税率は20.315%だから、売却益170万円にかかる税金はざっと34万円ということになるな。

 もし取得費加算の特例を使わないと、取得費は100万円のままだから売却益は200万円で、税金は約40万円か。特例で上乗せした相続税に20.315%をかけた分だけ節税になるわけだね。

幸子 その通りよ。取得費というのは、その株式を手に入れるためにかかったコストだけど、相続人である子供たちにとっては相続税もコストのうち。節税というより、事実上の二重課税を避けるための仕組みと理解したほうがいいかもね。株式など有価証券に限らず、土地や建物、貴金属など相続税がかかった財産の売却益は、ほぼすべてが取得費加算の対象よ。ただし、特例には期限があって相続発生から3年10カ月を過ぎてから売却しても使えないの。

良男 ふむふむ。相続税の実効税率が高かった人なら、特例が使えるうちにいったん売却して買い戻してもいいね。取得費加算の特例を適用してもらうための手続きは?

幸子 さっき電話してきた人もそうだけど、株式など有価証券はほとんどの個人投資家が「源泉徴収ありの特定口座」で取引しているの。その口座での年間の取引の損益や配当金を証券会社が集計し、利益が出ていれば自動的に20.315%の税金が天引きされるから便利なんだけど、取得費加算まではしてくれない。だから自分で確定申告するのよ。

良男 ややこしい手続きなのかな?

幸子 もちろん多少の手間はかかるけど、源泉徴収ありの特定口座の場合、相続税の申告書のほか、証券会社から年明けに送られてくる「年間取引報告書」、3カ月ごとに発行される「取引残高報告書」があれば、できないことはないわ。証券会社が年間の利益の集計をしてくれているわけだから、それに取得費加算の明細書を付けて申告すればいいの。相続税の申告が済んでいなくてもとりあえず確定申告をして、あとで税金を返してもらう手続きがあるわ。

良男 分からないことは税務署が教えてくれるはずだし、税金が何万円も少なくなるなら申告しようという人は少なくないだろうね。

幸子 そうね。ただし、取得費加算の申告をすることが家計全体にとってプラスとは限らないわ。株式の譲渡所得を申告すると、配偶者控除や国民健康保険の保険料に影響して、結果的に家計の負担が増える可能性があるの。投資家にとってメリットがあると一概にはいえないからか、少額投資非課税制度(NISA)などに比べると、証券会社も周知には積極的ではないみたいよ。確定申告の時期にかけて取得費加算の相談が増えるかもしれないわ。

■確定申告、むしろ負担増も
 税理士 林陽子さん
 株式などの有価証券を売却して相続税の取得費加算の特例を受けると、加算した相続税分に有価証券の譲渡所得にかかる税率20.315%を掛けた分だけ節税になります。ところが、この特例のために確定申告をすると、家計全体の負担がむしろ重くなることがあるので気をつけてください。
 例えば専業主婦の場合、株式の譲渡所得を申告すると、その年の夫の配偶者控除がなくなるかもしれません。個人事業主であれば、申告によって計算上の世帯収入が増えるため国民健康保険料が上がることがあります。特例を受けるなら、こうした負担増を差し引いても家計にプラスかどうか、よく確認しましょう。あえて特例を使わず、申告が要らない源泉徴収ありの特定口座で納税するほうが賢明な場合もあります。
(聞き手は表悟志)

[日本経済新聞夕刊2017年12月20日付]

マネー研究所新着記事

ALL CHANNEL