カー・オブ・ザ・イヤーに高級外車 日本車選外の理由
ボルボ受賞に見る「日本流ものづくり」の危機
年末恒例、その年を象徴するクルマに与えられる日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)に、北欧スウェーデンのボルボ「XC60」が選ばれた。同賞が始まって37年、輸入車の受賞は4年前のフォルクスワーゲン「ゴルフ」以来2度目だが、事情は異なる。
かたやXC60はほぼ600万円スタートの高級SUVであり販売台数も少ない。日本COTYはインパクトがあり、なおかつ誰もが買いやすいクルマが選ばれるのが通例だったが、今回その常識が覆された。なぜ輸入車、それも輸入車販売トップ常連のドイツ勢ではなく、ボルボが選ばれたのか。COTYの配点法も理由だが、長期間のデフレ不況が日本のものづくりに与えた影響も背景にありそうだ。COTY選考委員でもある本連載の小沢コージ氏が振り返る。
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ゲームチェンジの年かもしれない
日本COTYの選考委員を20年近くやっている小沢だが、今回こそはビックリした。時折「今年は本命なき戦いだ」とか「乱戦」などと言われるがそんなレベルじゃない。大波乱であり、まさしくゲームチェンジである。今後COTYのあり方が変わるかもしれない。
確かに波乱の前触れはあった。有力候補の新世代電気自動車たる2代目日産「リーフ」や人気SUVのスバル「XV」が例の最終検査問題から辞退。目玉は減ったが、それでもトヨタ・ハイブリッド20周年の節目モデルであるトヨタ「カムリ」や、コンパクトカーとしてかつてない軽量化とマイルドハイブリッド技術で走りと環境性能を両立したスズキ「スイフト」、飛躍的モデルチェンジでますますベストセラー軽自動車として君臨する2代目ホンダ「N-BOX」など、今年を象徴する意欲的な国産車はまだまだあった。
ことたくさん売れるという点では、N-BOXがすごすぎる。なにしろ直近11月は2万台も売れたのだ。普通乗用車含めてダントツである。
もちろん売れるクルマを単純に選べばいいのならCOTYなどいらない。COTYはあくまでもその年を象徴するクルマを専門家が選ぶイベントであり、大事なのはインパクト。記者の投票で決まるメジャーリーグのMVPと同じ類であり、首位打者やホームランキングのように数字で決まるわけではない。
日本は輸入車が1割を超えないレアな国
だがこれまで事実上、日本COTYには販売台数や価格に対する無意識的な縛りがあったように思う。現実問題として、クルマはいいが価格が高くて多くの人が買えないクルマ、つまり高級車が選ばれることはまずなかったのだ。これは具体名を出せば簡単にイメージできるだろう。例えばフェラーリ「488GTB」やポルシェ「911カレラ」のような高額スポーツカーが専門家にどれだけインパクトを与えたとしても、それがその国を象徴するクルマになり得るだろうか。やはりポピュラリティーのない、ぜいたく品のカテゴリーに入るだろう。
例外はかつて選ばれた国産高級車のトヨタ「セルシオ」(第10回)やホンダ「レジェント」(第25回)ぐらいのもので、両者には値段以上のインパクトがあったし、一般的にも分かりやすい授賞理由があった。なにしろ日本が作った世界に通用する日本の高級車なのだ。これを日本が選ばないでどうすると。
それ以上に輸入車がなかなかイヤー・カーに選ばれない理由は、日本市場の特殊さがある。日本は長らく輸入車シェアが1割を超えないレアな国である。最近いくら輸入車が伸びてるとはいえ、2016年は登録車でみると9.1%、軽自動車も含めるとわずか約6%にすぎない。つまり自国車率は常に90%以上。
こんな国は先進国では非常に珍しく、北米では自国メーカーのGMとフォードを足してもシェアはたったの30%強だし、内外合弁企業が多く計算が難しい中国でも自国系と言われるメーカーのシェアは40%強。日本同様自国メーカーが強いドイツでさえVW、メルセデス、アウディ、BMW、オペル、ポルシェを足しても50%強に過ぎない。
要するに日本市場は日本車が強すぎるのだ。この数字だけ見ていると、トランプ大統領の発言もあながち間違ってないと思えるほどで、事実上輸入車はなかなか日本を代表するクルマにはなり得ない。
だから日本COTYには1994年から輸入車限定の「インポートカー・オブ・ザ・イヤー」なる副賞が設けられている。これは他国のCOTYにはなく、日本市場で日本車が強すぎることの裏返しでもあるのだ。
COTY独特の配点法も関係しているが……
よって2017年の輸入ブランドはみんなインポート・カー・オブ・ザ・イヤー狙いだった。
具体的には、研ぎすませた上質な走りとセミ自動運転で攻めるBMWのスポーツセダン&ワゴン「5シリーズ」や、久々にすべてを新しくしてイタリア風味を取り戻したアルファロメオのセダン「ジュリア」、中国資本を得て生まれ変わったボルボのミディアムSUV「XC60」など。実際、ボルボ・カー・ジャパンは当初インポート・カー・オブ・ザ・イヤー受賞用の広告しか作っておらず、今回の受賞で困ったというウラ話もある(COTYに輸入車が選出されたため、今回のインポートカー・オブ・ザ・イヤーは該当無し)。
小沢の配点を振り返ってみても最高の10点を与えたのはカムリでXC60は1点のみ。というのも自分の中で500万円以上のクルマは基本的にイヤー・カーにふさわしくないと決めていて、どんなにいいクルマでも毎年せいぜい4~5点ぐらいしか付けない。
ボルボXC60にしろ日本で年間2000台前後しか売れないクルマなのだ。月に直すと200台には届かず、正直イヤー・カーにふさわしいとは思えない。
よって小沢が輸入車に10点入れるとしたら日本車並みに安いか、あるいは空飛ぶクルマぐらいインパクトがある時のみ。だが、今回に限ってはそう思わなかった選考委員が多かったようだ。クルマが良ければ価格はさほど気にしない。あるいは今の時代、600万円以上でも普通に買えるクルマだと考えたのか。そういう意味では感覚が変わってきたと言ってもいい。
同時に今回のXC60受賞にはCOTY独特の配点法も関係している。選考委員ひとりの持ち点が25点で1台に10点入れたら残り4台に好きに配分していい。1台だけお気に入りを選ぶのではなく、次点に9点を入れることが可能で、要するに10点を取った人数以上に、「次点」を数多く取ったほうが勝つケースが多いのだ。今回もXC60に10点を入れた人は9人しかおらず、カムリに10点入れた人は13人いたが、残念ながら次点を多く取れなかった。投票方式が10点のみだったら結果は変わる。
だが、根本にあるのは、選考委員のマインドセットと今の日本自動車マーケットの問題だろう。
日本は「高くていいもの」を作れているか
そもそも小沢を始め、選考委員はほとんど全員がクルマ好き。本音としては実用車よりスポーツカーや高級車の方が好きな場合が多く、今やその手を日本ブランドが多く作ってない。
今日本で売れるのは経済的なコンパクトハイブリッド、軽自動車、ミニバンがメイン。その市場変化が今や日本のものづくりにも影響してきているのだ。
具体的に400万円以上の嗜好品とも言える趣味グルマは、ほとんどがドイツ車やフランス車やイタリア車やイギリス車で、逆に日本車は300万円以下のコンパクトカー中心になりつつある。今のマーケットの二極化は、高い輸入車に安い日本車という分かりやすい構図を生み出し始めている。
加えて今の日本は一部の物価が異様に安い。欧米に行くと平気で昼食に1000円以上かかるが、日本では500円ちょっとで済んだりする。クルマの価格も一部軽自動車は飛躍的に上がったが、逆に安いクルマも生まれており、日本は企業努力でなかなか実用品の価格を上げない。そういう意味でも、輸入車と日本車はカテゴリー的にイメージの異なる存在になりつつある。
これは良いことのようで、そうでもない。長らくデフレ不況が根付く日本は地に足の付いた安い商品ばかりを生みだす半面、お金持ちが喜ぶ高付加価値な嗜好品をあまり生み出せなくなっている。例外はマツダやレクサスでだからこそマツダがCOTYを3年前、2年前と連続受賞できた部分もあり、日本ブランドは日本で高級車を売ることにさほど必死ではない。それが今回のボルボXC60受賞につながった面もおそらくある。
安くていいものを作る。それは確かに一つの正義であり日本の強みだ。だが、高級品であり嗜好品を作る、これもまた重要なのである。ましてや安くていい自動車を中国や韓国が作り始めている現実もある。
今回は確かに流れが急すぎる面もあったが、日本に染み付いたデフレマインドこそが今回のボルボCOTY初受賞につながっているような気がするのである。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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