ウーマン・オブ・ザ・イヤー2018 諦めず、信念貫く
前例のない製品や業態の確立には、思うように進まない時間をどう乗り越えるかが課題となる。女性誌、日経ウーマン(日経BP社)が選ぶ「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2018」を受賞した2人は柔軟な発想で新たな価値を打ち立てた。困難なプロジェクトをやり抜く力はどこから来るのか。
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末延則子さん(シワ改善効果の医薬部外品開発) 失敗は可能性検証の成果
「化粧品は人生に影響を与える」と話すのは日本初の抗シワ医薬部外品「リンクルショット メディカル セラム」を開発したポーラ化成工業(横浜市)の末延則子さん(52)。発売9カ月で80万個を売り上げる大ヒットで、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2018の大賞となった。「朝、肌の調子がいいと優しくなれる。シワ改善は優しさの価値づくり」と話す。
開発を始めたのは02年。結果を出すまでに2回の停滞期間があった。1度目はシワ改善の新成分「ニールワン」を見つけてから、化粧品に使えるような安定配合を実現するまでの期間。2度目はカネボウ化粧品(東京・中央)の白斑問題以降、難しくなった医薬部外品の認定の取得だ。
素材開発では、メンバーから「本当にできるのか?」という疑問が湧くほど失敗を繰り返した。それでも「失敗はその可能性を検証した成果」と考えて前向きに進んできた。「考えようと思うのではなく、好きだから考えていると解決策が浮かぶ」と発破をかけながら研究に没頭。結果、研究チームの1人がチョコミントアイスを見て、成分を点在させる配合法を思いついた。
やっと安定する形を見つけたが、今度は医薬部外品の申請でつまずいた。医薬部外品というカテゴリーそのものがなくなる心配まであった。それでも、「必要なのは安全性」とはっきりと目標を定め、これでもかと安全性検査を繰り返した。皮膚科の医師ら外部から「まだやるのか」と言われるほど何度も何度も検査し、厚生労働省に持ち込んだ。
開発開始から15年の歳月を要して、医薬部外品の認定にこぎ着けた。開発期間は失敗の連続だったが、「研究が好き。失敗の対策を考えるのが楽しかった」と苦労の中でも周囲と楽しんで仕事に向き合った。
心に残るのは「この研究はギャンブルでなく、投資だと説明できるリーダーにならないと」という上司の言葉だ。チームにも外にも説得力のある言葉で説明できるようにしてきた。
もう一つ、開発を始めた時から常に書き直しながら準備してきた緻密なロードマップがある。直近の3年くらいはできるだけ具体的に書き、常に「ほらちょっとずつだけど確かに進んでいるから」と自分にも周囲にも示してきた。
現在は執行役員として研究計画の全体を見ているが、時間を見つけては実験室に顔を出す。若手の研究者とも「研究室には上下はないから」とフランクに話す。「人を明るくする製品を作って、今後は地球の裏側まで届けたい」と次の計画を見据えている。
矢田明子さん(まちを健康にする看護師) 声掛けからコツコツと
超高齢化社会の希望賞を受賞したコミュニティ ナース カンパニー(島根県出雲市)代表の矢田明子さん(37)の仕事は、地域住民の健康に気を配り予防医療に携わるコミュニティナース。看護師の新たな働き方を地元の島根から全国に広げようと奔走する。「人が健康になること、暮らしが良くなることならなんでもする」。島根県雲南市では新たな雇用が生まれ、移住してくる人が続出する効果を生んだ。
就職後、21歳で結婚、3児を出産した。26歳のとき父親をがんで亡くしたのをきっかけに、大学で看護学を学ぼうと決意した。「周囲の誰かが検診に行くよう父に声をかけていれば」と思ったから。しかし地域には介護・看護といった縦割りで解決できない問題があると考えるようになった。それに対応するのがコミュニティナースだ。
医療機関で待つナースではなく、商店街や地域イベントなどに顔を出して高齢者や子どもたち、障害者らに「元気?」と声をかける。健康の知識があるナースが人々と関わり合い、町おこしの活動などをすることで活力が生まれ、健康管理などを地域の人々が自発的に始めるようになった。
ただ周囲の理解を得るまでには長い道のりだった。「健康の相談役って意味はあるの?」と聞かれることも多い。それでも「誰もやっていないから、やるんだ」と信念を崩さなかった。
仕事の基本は地域の人たちとの関係作り。「焦らず、そこにいることが当たり前になることが大事」と話す。生活の中に入り込むと人は「私を気にかけてくれるなら検診に行こうかな」となる。島根から他の地域への展開、コミュニティナースの育成にも取り組む。
島根での経験が通じないことは多い。その時は「謝って教えてもらう」。一番楽しいことは、地域の高齢者の誤解を解いたり、ちょっとしたいざこざに対応したりといった地味な仕事にある。余計なお世話と追い返されても、じっくり対応していけば伝わる。「地味は美しい」が信念だ。
大胆な行動力に目がいくが、緻密な論理派だ。健康に暮らせる人を増やすため逆算し、1.5歩先までの計画を練る。着実に進めていけば、効果が出る。常に考え続けることは前向きになることにもつながる。
「考えなくなると言い訳をしだす。考えていれば否定ではなく提案ができる」と話す。健康寿命を延ばすことは過疎や地域の様々な問題が絡みあう。人々の暮らしの隣りにいるナースたちが超高齢社会に挑む。
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緻密な計画、心の支えに ~取材を終えて~
ポーラ化成工業の末延則子さん、コミュニティ ナース カンパニーの矢田明子さんは2人とも前例のない事柄に挑む間、周囲から「目的をかなえるのは無理なのではないか」と言われ、理解されない時間を長く過ごしてきた。それでも実現する支えとなったのは、緻密に立てた事業計画だったとどちらも口にする。
足元のやるべきことを細かく書き出す。周りからは止まっているように見えても、着実に進んでいる実感を常に持ち続けた。その上で周囲を巻き込んで、前向きに進み続けた結果が実った形だ。彼女たちが時間をかけて新しいモノを生み出した過程には多くのヒントがある。
(小河愛実)
[日本経済新聞朝刊2017年12月18日付]
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