絶滅フクロオオカミの全ゲノム解読 種の再生へ第一歩
108年前の赤ちゃん標本から状態の良い遺伝物質が抽出できたおかげで、絶滅した有袋類フクロオオカミの全ゲノムが解読された。絶滅した動物の「遺伝子の設計図」としては、非常に精度の高いものとなる。
学術誌『Nature Ecology & Evolution』に発表された研究によると、フクロオオカミのゲノムからは、彼らの衰退時期や犬との共通点について新たな発見があったという。ゲノム解読は、フクロオオカミのクローン作成、さらには種の復活に向けて技術的に大きな一歩ともなる。
1982年に絶滅宣言
タスマニアタイガーとも呼ばれるフクロオオカミは、オオカミほどの大きさの肉食有袋類で、かつてはオーストラリアに広く生息していた。オーストラリア本土では3000年前に絶滅し、南部のタスマニア島だけで生き残っていたが、人間がおそらくは家畜を守るために殺したことが原因で、20世紀初頭に絶滅に追い込まれた。
わかっている限り最後の1頭は、1936年に豪ホバート動物園で死亡しているが、1940年代までは野生の個体が生き残っていた可能性がある。絶滅が宣言されたのは1982年のことだ。
研究者らは、フクロオオカミがオオカミにそっくりな姿に進化した理由を探るために、その遺伝子を詳しく調べていた。これら二つの種が共通の祖先を持っていたのは1億6000万年前のことだが、その後も彼らは世界の別の場所で、非常によく似た生活を送っていた。
「フクロオオカミとイヌ(あるいはオオカミ)は、二つの種の間で起こった収れん進化の中でも、特に近い姿を持つようになった例です」と、論文の筆頭著者であるオーストラリア、メルボルン大学のアンドリュー・パスク氏は語る。収れん進化とは、別々に進化した種が同じような姿になること。イヌやその近縁種のゲノムはすでに数多く解読されているため、絶滅したフクロオオカミのゲノム解読は、収れん進化した動物の遺伝子の類似性を探り、進化を分子レベルで理解することにつながる。
「ふたつの種がほぼ同じ見た目を持つように進化した場合、その類似性はゲノムにも見ることができるでしょうか。彼らのDNAの中に、非常によく似た姿へと進化する部分を見つけることができるのでしょうか?」
奇跡の赤ちゃん標本
パスク氏のチームは2008年、絶滅種から採取した遺伝物質を生きた生物の中に注入し、遺伝子を発現させることに世界で初めて成功している。その際には、フクロオオカミの骨と軟骨の発達に関わるDNAが、マウスの胚に注入された。
当時用いられたDNAは非常に状態が悪く、全ゲノムの解読はほぼ不可能だった。博物館が所有していた約750体の標本の大半は皮か骨で、解析に使えるDNAはほとんど残されていなかった。ところがその後、母親の袋の中から取り出されてエタノールで保存されていたフクロオオカミの幼体13体のうち1体から、驚くほど保存状態の良い遺伝物質が抽出された。
「この幼体はまるで奇跡のような標本で、ほぼ無傷のDNAを持っていました」とパスク氏は言う。
研究チームが、解読された全ゲノムをイヌのものと比較したところ、二つの種は奇妙なほどよく似た外観と行動をもってはいるものの、遺伝子そのものに類似の進化は見られないことが判明した。発生の過程で、遺伝子が発現する時期が類似している可能性はあるが、これについては将来的に研究が進められるだろうとパスク氏は述べている。
一方で新たな発見もあった。フクロオオカミの遺伝的多様性は、12万~7万年前に急激に減少していたのだ。これまでは、フクロオオカミの多様性が減少したのは、それよりもずっと最近のことだと考えられてきた。
「我々は長い間、フクロオオカミの遺伝的多様性が大きく制限された時期は、タスマニアデビルと同じく、タスマニア島だけに生息するようになった後のことだと考えてきました。つまり、本土と島とをつなぐ陸地が失われた1万5000~1万年前頃です」とパスク氏は言う。
フクロオオカミの遺伝的多様性が減少した原因は、12万~7万年前に気候変動によって植生が変化したためかもしれない。今回の発見は、人類がオーストラリアにやってくる6万5000年前よりもはるか昔に、フクロオオカミがすでに本土において減少しつつあったことを示唆している。
フクロオオカミの復活は
それでも狩りによって最終的にフクロオオカミを絶滅させたのは人類だ。一部の研究者が、ゲノム解読をきっかけとして将来的に彼らを復活させたいと望む理由はそこにある。
「最近絶滅した動物の中でも、フクロオオカミは人類にその責任があることが特に明白な例であり、リョコウバトと同様、復活させるべき候補として名前が挙がるのは当然と言えるでしょう」と、英ダラム大学の進化生物学者で古代DNAに詳しいロス・バーネット氏は言う。
シドニーにあるニューサウスウェールズ大学で絶滅種の再生を研究している古生物学者マイク・アーチャー氏は、2000年代初頭、フクロオオカミのクローン作成を試みる先進的な研究を行い、2013年には、絶滅したカエルの胚のクローンを作ることに成功している。1980年代に姿を消した、胃の中で子供を育てる一風変わったカエルだ。
「課題はまだ山積みですが、パスク氏のチームによる今回の研究は、20年前には誰もがありえないと考えていたことが可能になりつつあることを示しています」とアーチャー氏は言う。
パスク氏は、フクロオオカミをぜひとも復活させたいという思いはあるとしつつも、「きちんと機能するゲノム全体を作るということと、解読されたゲノムを持っているということはまるで別の話であり、そこには越えるべき大きなハードルがあります」と述べている。それでも彼は将来的に、フクロオオカミと近しい有袋類を利用して、ゲノムの違いを完全に明らかにし、異なる部分を編集してフクロオオカミを再現したいと考えている。
「種の復活を実際にスタートさせる技術が手に入るまでには、少なくともあと10年はかかるでしょう」と彼は言う。「とはいえ、技術はときとして予想外に速い進化を遂げるものです」
(文 John Pickrell、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年12月13日付]
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