アイスランドのラム肉が人気上昇中 軟らかく繊細な味
今年11月の終わり。羊肉好きのある集まりで日本ではまだ珍しいアイスランドのラム肉(仔羊肉)がテーブルに上った。参加者の中には、『GTO』 などの作品で知られる人気漫画家の藤沢とおるさんの顔も。北海道出身でラム肉が好物だという。
ラム独特のくさみのある肉は苦手だそうだが、「ラムラック」と呼ばれる骨付の背肉などをほおばりながら、「アイスランドのラム肉はおいしいですね」と舌鼓を打つ。淡いピンク色に調理された肉は、軟らかくミルキーな味わいで、クセがない。実はこのアイスランドのラム肉が今、羊肉好きの間で大きな注目を浴びているのだ。
北大西洋の北に位置するアイスランドは、世界有数の活火山やヨーロッパ最大級の氷河をかかえる雄大な自然に恵まれた島国だ。北極圏のすぐ南にあるものの島の周りを流れる暖流、メキシコ湾流の影響で同緯度の国々に比べ気候は温暖。
例えば、首都レイキャビクは真冬でも日中は氷点下を下回ることはほとんどない。北海道と四国を合わせたぐらいの面積の国土の人口は約34万人。その国土を駆け回るのが、人口の約3倍もいるらしい羊だ。
「もともとは9世紀にノルウェーから移住したバイキングがこの地にもたらした家畜です。ほかの国々から隔絶された島国であったため、アイスランドの羊は以来、ほかの種と交雑することはありませんでした。1000年以上前の羊の純血種なのです」とアイスランド大使館の商務官、ハルドル・エリス・オラフソンさんは説明する。同種の羊はかつて北西ヨーロッパでよく見られたが、現在は世界のごく限られた地域にしかいないらしい。
アイスランドには、約2000軒の牧羊農家がある。羊の90%以上はデータベースで管理され、農家と科学者の協同により脂質を減らすなどといった肉質改良に努めてきたという。特に過去20年で肉質は大きく向上したそうだ。
5月に生まれたアイスランドの仔羊は、やがて戸外を自由に駆け回る。アイスランドラムのもう一つの大きな特徴は、野生の香草や草が豊かに生えた土地で自由放牧で育つことなのだ。「アイスランドの羊は、殺虫剤や除草剤を用いた牧草ではなく野草を食べて育っています。また、抗生物質の使用には厳しい規制があります」とオラフソンさんは言う。
放牧期間は生後4~5カ月まで。秋になると野山に放たれていた仔羊たちは集められ、9月、10月に食肉として処理される。通常羊肉は、12カ月未満までは「マトン」(成羊肉)ではなく「ラム」と呼ばれるが、羊は成長するとくさみがでる。アイスランドのラムは処理される月齢が若いため、くさみが少ないのだ。
アイスランドは、ロシアやノルウェーへの羊肉の輸出が減少するといった市場環境の変化から、数年前から新たな市場の開拓に力を入れている。その一つが日本だ。アイスランドラムはオーストラリアやニュージーランドのラム肉に比べ高価なため、純血種であることや健康的な環境で育ったことをブランドとして打ち出している。食材にこだわる日本市場を見込んでのことだという。
2016年のアイスランドから日本への羊肉(マトンも含む)輸出量は109トンであったが、17年は1~9月だけで229トンと2倍以上に増加した。そのほとんどはラム肉だ。
一方で、アイスランドを訪れる日本人観光客が増えていることも、アイスランドラムに対する関心の高まりに一役買っている。近年アイスランドでは海外で学んだシェフが、地元食材に注目した料理を提供するようになっており、今年はレイキャビクに、初めてのミシュラン星付きレストランも誕生した。
広大な自然の魅力はもちろん、新しい食の都として注目を浴び始めたアイスランドを訪れる外国人観光客はこの数年急増しており、10年の約50万人から16年にはその4倍近い約180万人にまで増えている。
日本人観光客も年々増加、15年には1万6000人だったが、16年には2万3000人に増加した(数字はケプラヴィーク国際空港からの入国者のみ)。「こうした方々から帰国後、『アイスランドのラム肉はどこで手に入るのか』と聞かれるんですよ」とオラフソンさんは話す。
11月初め、東京・中野で開催された羊肉料理のイベント「羊フェスタ2017 in なかのアンテナストリート」(主催:羊齧協会ほか)で、アイスランドラムを使った料理を販売した東京・人形町のイタリアンレストラン「トラットリア コルディアーレ」は、「お客様のあまりの人気に驚きました」(同店オーナー、事代堂高英さん)と目を丸くする。
実は同店がアイスランドラムを扱ったのはこれが初めて。付き合いのある食肉会社がアイスランドラムの取り扱いを始めたため、「使ってみてくれないか」と相談され、同イベントに参加することになったのだという。2日間にわたり開催されたイベントでは、各日用意した300本のラムラックがいずれもたった1時間半で売り切れてしまったそうだ。
イベントを機に店への予約も相次いだそうで、「トラットリア コルディアーレ」では店のメニューでもアイスランドラムを扱うことに決めた。これまで出していたオーストラリア産のラムラックを12月からはアイスランド産に変更したほか、季節のメニューを常時出していく予定だという。
「アイスランドラムは、軟らかで繊細」と同店のシェフ、鈴木達郎さんは言う。12月の新メニューには、先のイベントで好評だったラム肉のシチューも取り入れた。
アイスランドラムを使った試作料理には、薄くスライスした硬めの柿を肉で挟んだパイ包み焼きも。ラム肉のパイ包みは、ほんのり甘い柿の果実味とその食感が、クセのない軟らかい肉を引き立てる。柿の果肉を合わせた爽やかな酸味のある赤ワインソースを添えていたが、これは繊細な味わいのラム肉に合うと考えたからだという。
12月1日からはアイスランドラムの通販サイトも登場した。運営するのは冒頭の羊肉の会を主催したOZ(オズ)だ。「初日から問い合わせがあり、ラムラックや肩ロースが人気」(同社社長、一村直輝さん)と言う。会社を立ち上げる前より、一村さんはアイスランドラム肉のファンの広がりを作るため、度々数十人規模のイベントを開催してきたが、みなすぐに応募人数が埋まる人気だったそう。
「ラム肉は調理器具や部屋ににおいが付いてしまうと敬遠する人が少なくない。でも、くさみのないアイスランドラムならにおいの心配もないので、家庭でも気兼ねなく楽しむことができます。現在、日本に輸入されるラム肉はほとんどがオーストラリアやニュージーランド産ですが、この市場にアイスランドラムで切り込みたい」と意気込む。
くさみの少ないアイスランドラムは、ラム肉嫌いでもおいしく食べられるという人が多いという。この食材が広まれば、ラム肉のおいしさを「発見」する人が増えるかもしれない。
(フリーライター メレンダ千春)
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