「足の健康」と「靴の美しさ」 両立めざすオーダー靴
ビスポーク靴職人 八巻裕介氏
足の疾患や生活習慣病に悩まされていても、自分の好みに合った美しい靴を楽しみたい――。扁平(へんぺい)足や外反母趾(ぼし)など、個々の足の形や症状に合わせてつくる医学的な「整形靴」の知識を駆使、オーダーメードの「ビスポーク靴」を手がけるのが京都市のオーダー靴店、Andante(アンダンテ)だ。本格的な修行を積んだシューメーカーとしての技能を生かし、機能性と美しさの両立をめざす取り組みについて、代表の八巻裕介(やまき・ゆうすけ)氏に聞いた。
――まず医学的な整形靴の技術から取得したと聞きました。
「整形靴とは各個人に合わせて、医師の指示のもと、医療目的で作製した靴のことです。対象となるのは扁平足や外反母趾、関節リウマチの方などさまざまです」
「整形靴技術者の養成コースがある神戸医療福祉専門学校で2年間学びました。骨や筋肉などを研究した機能解剖学のほか、モデルの足に合わせた靴を製作する実習など、ドイツの整形靴マスターに基礎を教わりました」
――ビスポーク靴とはどのように巡り合ったのですか。
「養成学校の学生時代に山形県にある靴メーカーにインターン(就業体験)として通ったことがあります。英国で修行した職人さんに仕事を教わったりしてハンドメードの靴にも大いに魅力を感じたのがきっかけです」
■整形靴としての機能性×ビスポーク靴の美しさ
「卒業後は高知の整形靴メーカーに入社。3年間経験を積んだあと、京都の義肢会社に移り、3年間、大学病院の先生らと連携してオーダー靴や足底板(そくていばん、足の裏に掛かる圧力の調整や変形の矯正などのための中敷き)を製作しました」
「その間もハンドメードの靴を手がけてみたいという気持ちは続いていました。その結果、医学的な根拠に基づいた整形靴としての機能性とビスポーク靴の美しさを両立させたいとの思いが募り、2015年に独立しました」
――整形靴の技術をどのようにビスポーク靴へ活用するのですか。
「基本的にはビスポークの言葉通り、お客さまと話しながら靴のイメージを作り上げていきます。その中で、足や身体を見せていただき、気になることを伺いながら状態を確認します。それを基に足の型取りをするだけでなく、材料選びや使い方に反映させます」
――足の状態はどのように判断するのですか。
「筋力や骨の形、突起物だけでなく、足の関節の動きや身体全体を見ます。日常生活の過ごし方なども伺い、歩いてもらうと足や身体の状態がよく見えてきます。どんな人でも左右の足が完全な対称ではないように、足の長さも数ミリメートル単位で違うことがほとんどです。本人は気付かなくても、歩く姿をみれば左右どちらかに肩が落ちていたり、身体のどこかに違いがあることが分かります」
「必要だと判断した場合には、お客さまとの信頼関係を築いた上で足の悩みなどについても伺うことがあります。アンダンテではこれらすべてを『個性』と捉えています。その個性を引き立てる理想的なデザインをイメージできてはじめて型取りを行います。ラスト(木型)メーキングはとても重要な工程です」
――通常のビスポーク靴との一番の違いはラストメーキングですね。
「焼石膏(しょうせっこう)粉末と綿布を組み合わせた石膏ギプス包帯を足に巻き付け、足型を取ります。理想的なデザインを再現するために手作業で微調整をしながら固めます」
「足の裏から全体にかけての形状を正確に修正することで、立って足に全体重が掛かったときも、靴底全体に平均して力が掛かるようにします。歩く際には地面にかかとが着くときは柔らかく、つま先を蹴り上げる時は筋肉が硬くなります。一連の動きの強弱を予想して足に余計な負担がかからないように設計します」
「木型製作後にチェックシューズ(仮縫い靴)を履いていただき、足にどのように合っているか、お客さまの履いた感覚も交えて確認作業を行います。靴の製法は、耐久性や反り返りの良さから英国の伝統的な『ハンドソーン・ウェルテッド製法』で仕上げています。ご注文から完成までは約6カ月ほどのお時間をいただいております」
――予算はどれくらいですか。
「デザインや革、製法などによってさまざまですが1足平均28万円です」
――関節リウマチや糖尿病の方にはどのようなビスポーク靴を作製しますか。
「特に転倒や腰痛を防ぎたい場合は足首の部分をしっかり覆って狩猟などでも使用できる英国の伝統的なカントリー風シューズを考えてみたいですね。冬の冷えに注意したい時は靴下を何枚か履くことも計算に入れたデザインで製作したいです」
■伝統的なものづくりの聖地、京都でセンスを磨きたい
――生活習慣病を気にしながらもおしゃれな靴を楽しみたいというニーズは今後高まってくると思います。東京などへの進出は計画していますか。
「身体の悩みの有無にかかわらず、一目見て心奪われるような靴づくりを目指しています。現在までに約250人のお客さまに製作した靴は、このアンダンテからどの要素が欠けても生み出されなかったものだと自負しています。今のところ多店舗展開は考えていません」
「特に京都は、和服をはじめとして伝統的なものづくりの土壌がある聖地です。京都ならではの色使いや取り入れ方などヒントを得ることの多い土地柄で、ここでしか手に入らない特別な一足を提案できるようセンスを磨き続けたいです」
(聞き手は松本治人)
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