不寛容・虚妄の連鎖と闘う言葉 2017年演劇回顧

文学座は創立80年を迎えた老舗中の老舗。60代の演出家、鵜山仁が外部で優れた地力を発揮したことも忘れてはならない。劇団の合同公演(新劇交流プロジェクト)で取り上げた三好十郎の『その人を知らず』は、聖書の「殺すなかれ」を戦中に貫いたキリスト者の運命を強じんな言葉で劇化した戦後の問題作。また文化座で演出した杉浦久幸の新作『命(ぬち)どぅ宝』は、米軍占領下で土地闘争を繰り広げた沖縄の人たちを実録的に活写した作。いずれも過去との対話が今に響くアクチュアルな舞台を生みだしたといえる。

この劇団は新旧世代をつなぐチームワークが光る。座内の俳優、瀬戸口郁が劇作家となって正岡子規の評伝劇『食いしん坊万歳!』(西川信廣演出)を書き下ろし、ベテラン新橋耐子が円熟の演技でこたえる。有志公演として別役実の旧作『この道はいつか来た道』(藤原新平演出)を金内喜久夫、本山可久子のこれもベテラン・コンビが味わい深く演じる。そうした成熟した芝居づくりが貴重な大人の芝居を生んでいる。

眞鍋卓嗣は俳優座で演出した新作2作で東日本大震災、水俣病と向き合った。前者の堀江安夫作『北へんろ』は死者とともに生きる被災者の姿を、後者の詩森ろば作『海の凹凸』は公害の自主講座をめぐる人間模様をとらえた秀作で、劇団ならではのアンサンブルが生きていた。ちなみに詩森ろばは戯曲賞の候補になり始めた期待の劇作家。自らの集団、風琴工房で作・演出した『アンネの日』で女性の生理という題材に切り込み、性差をめぐる深い闇まで突いていた。マイノリティーや隠された社会問題を照らしだす作劇は貴重だ。

上村、眞鍋らと同世代の演出家としては、新国立劇場の芸術監督に就任予定の小川絵梨子も挙げておきたい。米国で学んだだけに翻訳劇中心に演出してきたが、同劇場でやはり戦後戯曲の傑作に取り組み、存在感を示した。長崎の被爆者を田中千禾夫が描きだした『マリアの首』で、硬質な文体を生かす手腕がさえていた。

この1年、戦争の悲惨さを見すえる戦後戯曲に光があたったのは、やはり北朝鮮問題をきっかけに生じた政治状況に演劇人たちが人間の言葉でこたえようとした結果だろう。

東日本大震災から6年半が過ぎた。災害がもたらす心の断層を突いた創作劇に改めて注目しておきたい。福島県のいわき市で活動する地域演劇のITP(いわきシアター・プロジェクト)は、地元の実感に基づく創作劇を連続上演している。原発をめぐる夢と挫折の年代記『愛と死を抱きしめて』(高木達作・演出)が東京で上演されたが、そうした機会はもっと増やしたい。

蜷川幸雄が手塩にかけて育てた高齢者劇団さいたまゴールド・シアターに岩松了が書き下ろした『薄い桃色のかたまり』(演出も岩松)は、原発事故の被災地に取材した力作だった。街を歩きまわるイノシシの涙という奇想と取り残された老人たちの怒りが共振する異色の作劇。アマチュアの高齢俳優ならではの、すぐ隣にあるようないたみの感覚が濃厚だった。

不安定な現代の生を舞台化してきた岡田利規は主宰するチェルフィッチュで『部屋に流れる時間の旅』を作・演出、死者と生者の交わる不思議なしじまをとらえてみせた。映画監督としても頭角を現す赤堀雅秋がシアターコクーンで作・演出した『世界』も、しらじらとした日常をかみあわない間によって演劇化した。それらの舞台にあった空気を震災後の時間と言い換えてもいいだろう。絆(きずな)という言葉が盛んに言われたにもかかわらず、震災後の「世界」に氾濫した言葉は皮肉にも分断と排除だった。とすれば、我々はなんと後味の悪い時間を生きていることか。

芝居の原点を見すえた野田秀樹『足跡姫』

ポスト蜷川時代の演劇界を背負う中核演出家たちが確かな仕事を残したのは心強いことだ。野田秀樹の新作(作・演出)『足跡姫』は盟友だった十八代目中村勘三郎を追悼する異色作だった。歌舞伎の始まりの時代、荒くれ者たちは体制の悪意や大衆の欲望にさらされながらも、芝居者として演劇を続けていく。勘三郎はその系譜を継ぐ者という作意だった。野田はもうひとりの盟友、英国のキャサリン・ハンターを主演者に迎えた英語劇『One Green Bottle』(『表に出ろい!』の英語版)も作・演出したが、これももとは勘三郎との思い出の舞台。勘三郎の見果てぬ演劇の夢を受け継ぐ思いには、電子化の進む世界で生の身体表現を貫く決意がこめられていただろう。

栗山民也は最も旺盛な仕事をみせる演出家だが、近年は能の現代劇化を試みているかにみえる。新国立劇場で上演したジロドゥ作『トロイ戦争は起こらない』の簡素な舞台はその試行だろう。戯曲にある死者の声と現代の俳優の声を出合わせる栗山ならではの演出手法はこれからどう発展するか。こまつ座で演出した幻の井上ひさし作品『私はだれでしょう』は、戦争の悲惨を語るラジオの声を生かして「声の演劇」の可能性を広げたといえる。

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