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不寛容・虚妄の連鎖と闘う言葉 2017年演劇回顧

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NIKKEI STYLE

演劇は社会を映す鏡。かのシェークスピアはそう考えたそうだ。17世紀のロンドンにあった本拠の劇場の名はグローブ座、これを地球座と訳すこともある。「世界はすべて舞台」といった賢者の言葉が命名をうながしたとされる。超大国の指導者が激烈な言葉を発し、反発した相手が聞くもおぞましい言葉で応じる。そんな「世界」の今は、虚構であるはずの舞台にも映りでずにはいない。

宮城聡演出、めざましい成果

2017年をふりかえれば、最もめざましい活躍をみせたのは演出家の宮城聡だった。SPAC(静岡県舞台芸術センター)の芸術総監督に就任して10年、地方都市で鍛えあげた専属劇団がフランスの世界的演劇祭アヴィニョン・フェスティバルのオープニングを飾った。法王庁の主会場に招かれたのは、アジアの劇団では初めてのことだ。

栄誉もさることながら、より重要だったのはギリシャ悲劇『アンティゴネ』(ソポクレス作)を通して「死者はみな仏」という東洋の死生観を打ち出したことだ。ふたりの兄が王位をめぐって相打ちとなり、王たる叔父は反逆者側の兄の埋葬を禁じる。妹のアンティゴネは禁をおかして「反逆者」の埋葬を断行、すすんで死を選ぶ。そんな古代の物語に無音の盆踊りと精霊流しの静かな演出が加えられた。敵も味方もない死者の国から、現世の争いの無意味さに光があてられたのである。テロの恐怖にさらされる欧州で、不寛容の連鎖に否定の問いかけを発するこの舞台は「亡霊の国を思い起こさせる」(フィガロ紙)などと称賛された。

ニースで悲惨なテロがあっただけに南仏の警備はものものしかった。が、芸術祭という文化の解放区はしたたかに健在だった。欧州の芸術祭の多くは悲惨な世界大戦の反省から生まれた歴史があり、異文化を受け入れる寛容さを大切にする。芸術文化の領域で自由な表現を確かめ合う欧州の底力。そこで一神教のキリスト教やイスラム教と異なる世界観を提示した演出家の気迫。東京五輪を前にした日本に必要なのは、文化の壁を越えるこうした芸術祭の理念だろう。

宮城はSPACが静岡で上演したシェークスピアの後期ロマンス劇『冬物語』でも、憎しみの物語に終止符を打つ秘蹟(ひせき)を印象深く舞台化した。SPACの舞台では、文楽の太夫と人形がそうであるように、語りと俳優の演技が別々に表現される。ある言葉が俳優の体を動かし、ある言葉は動かさない。それが人間の心を動かす真の言葉と虚妄の言葉との闘いを思わせたのだった。

歌舞伎座で初演出した『マハーバーラタ戦記』(青木豪脚本)でも、古代インドの膨大な叙事詩から、争いをとめるカルナという役柄をクローズアップした。演じる尾上菊之助は「争いのはかなさを悟る熊谷陣屋との共通性や現代的なテーマを感じる」と受けとめた。言霊が俳優に宿る仮名手本忠臣蔵の大序を取り入れ、SPACの無国籍音楽をも大胆に取りこんだ歌舞劇には新鮮な驚きがあった。歌舞伎もまた、世界を映す鏡たり得るのだ。

戦争、高齢化、震災…時代と切り結ぶ

演出家を育てているのは、衰退が指摘されるとはいえ、やはり既成劇団だ。文学座の上村聡史、高橋正徳、生田みゆき、俳優座の眞鍋卓嗣ら30代から40代にかけての演出家たちが時代と切り結ぶ仕事を見せたのは、特筆に値する。

ことに上村は先の戦争と向き合った日本人の姿をなぞるように、戦後戯曲と向き合った。劇団で演出した2作のうち真船豊の『中橋公館』は終戦1年後の作だが、久しく上演されなかった。北京で終戦を迎えた日本人一家の引き揚げにいたる波乱の日々を生々しく描いていた。もうひとつの『冒した者』は、三好十郎が敗戦の混乱と絶望を東京を舞台にえぐりだした作。ともに過去の言葉が生々しくよみがえる。新国立劇場で演出した安部公房の『城塞』も満州(中国東北部)からの引き揚げが題材であり、上村は戦争が軽い言葉で語られる現在の風潮に鋭い矢を放ったといえるだろう。

同じく文学座の高橋正徳は、滞在型創作を進める岐阜県の可児市文化創造センターで松田正隆の旧作『坂の上の家』を演出した。長崎大水害の喪失感を家族劇に映しだす戯曲だが、高橋演出は背景にある被爆者の心を濃厚にすくいあげ、作品世界を広げてみせた。東京芸大大学院音楽研究科出身の生田みゆきが劇団で初演出した『鳩に水をやる』も、高齢社会の悲しみを軽妙にとらえていた。ノゾエ征爾の書き下ろし戯曲から機知に富んだテンポをひきだし、セリフを音楽的に構成したセンスは注目されよう。

文学座は創立80年を迎えた老舗中の老舗。60代の演出家、鵜山仁が外部で優れた地力を発揮したことも忘れてはならない。劇団の合同公演(新劇交流プロジェクト)で取り上げた三好十郎の『その人を知らず』は、聖書の「殺すなかれ」を戦中に貫いたキリスト者の運命を強じんな言葉で劇化した戦後の問題作。また文化座で演出した杉浦久幸の新作『命(ぬち)どぅ宝』は、米軍占領下で土地闘争を繰り広げた沖縄の人たちを実録的に活写した作。いずれも過去との対話が今に響くアクチュアルな舞台を生みだしたといえる。

この劇団は新旧世代をつなぐチームワークが光る。座内の俳優、瀬戸口郁が劇作家となって正岡子規の評伝劇『食いしん坊万歳!』(西川信廣演出)を書き下ろし、ベテラン新橋耐子が円熟の演技でこたえる。有志公演として別役実の旧作『この道はいつか来た道』(藤原新平演出)を金内喜久夫、本山可久子のこれもベテラン・コンビが味わい深く演じる。そうした成熟した芝居づくりが貴重な大人の芝居を生んでいる。

眞鍋卓嗣は俳優座で演出した新作2作で東日本大震災、水俣病と向き合った。前者の堀江安夫作『北へんろ』は死者とともに生きる被災者の姿を、後者の詩森ろば作『海の凹凸』は公害の自主講座をめぐる人間模様をとらえた秀作で、劇団ならではのアンサンブルが生きていた。ちなみに詩森ろばは戯曲賞の候補になり始めた期待の劇作家。自らの集団、風琴工房で作・演出した『アンネの日』で女性の生理という題材に切り込み、性差をめぐる深い闇まで突いていた。マイノリティーや隠された社会問題を照らしだす作劇は貴重だ。

上村、眞鍋らと同世代の演出家としては、新国立劇場の芸術監督に就任予定の小川絵梨子も挙げておきたい。米国で学んだだけに翻訳劇中心に演出してきたが、同劇場でやはり戦後戯曲の傑作に取り組み、存在感を示した。長崎の被爆者を田中千禾夫が描きだした『マリアの首』で、硬質な文体を生かす手腕がさえていた。

この1年、戦争の悲惨さを見すえる戦後戯曲に光があたったのは、やはり北朝鮮問題をきっかけに生じた政治状況に演劇人たちが人間の言葉でこたえようとした結果だろう。

東日本大震災から6年半が過ぎた。災害がもたらす心の断層を突いた創作劇に改めて注目しておきたい。福島県のいわき市で活動する地域演劇のITP(いわきシアター・プロジェクト)は、地元の実感に基づく創作劇を連続上演している。原発をめぐる夢と挫折の年代記『愛と死を抱きしめて』(高木達作・演出)が東京で上演されたが、そうした機会はもっと増やしたい。

蜷川幸雄が手塩にかけて育てた高齢者劇団さいたまゴールド・シアターに岩松了が書き下ろした『薄い桃色のかたまり』(演出も岩松)は、原発事故の被災地に取材した力作だった。街を歩きまわるイノシシの涙という奇想と取り残された老人たちの怒りが共振する異色の作劇。アマチュアの高齢俳優ならではの、すぐ隣にあるようないたみの感覚が濃厚だった。

不安定な現代の生を舞台化してきた岡田利規は主宰するチェルフィッチュで『部屋に流れる時間の旅』を作・演出、死者と生者の交わる不思議なしじまをとらえてみせた。映画監督としても頭角を現す赤堀雅秋がシアターコクーンで作・演出した『世界』も、しらじらとした日常をかみあわない間によって演劇化した。それらの舞台にあった空気を震災後の時間と言い換えてもいいだろう。絆(きずな)という言葉が盛んに言われたにもかかわらず、震災後の「世界」に氾濫した言葉は皮肉にも分断と排除だった。とすれば、我々はなんと後味の悪い時間を生きていることか。

芝居の原点を見すえた野田秀樹『足跡姫』

ポスト蜷川時代の演劇界を背負う中核演出家たちが確かな仕事を残したのは心強いことだ。野田秀樹の新作(作・演出)『足跡姫』は盟友だった十八代目中村勘三郎を追悼する異色作だった。歌舞伎の始まりの時代、荒くれ者たちは体制の悪意や大衆の欲望にさらされながらも、芝居者として演劇を続けていく。勘三郎はその系譜を継ぐ者という作意だった。野田はもうひとりの盟友、英国のキャサリン・ハンターを主演者に迎えた英語劇『One Green Bottle』(『表に出ろい!』の英語版)も作・演出したが、これももとは勘三郎との思い出の舞台。勘三郎の見果てぬ演劇の夢を受け継ぐ思いには、電子化の進む世界で生の身体表現を貫く決意がこめられていただろう。

栗山民也は最も旺盛な仕事をみせる演出家だが、近年は能の現代劇化を試みているかにみえる。新国立劇場で上演したジロドゥ作『トロイ戦争は起こらない』の簡素な舞台はその試行だろう。戯曲にある死者の声と現代の俳優の声を出合わせる栗山ならではの演出手法はこれからどう発展するか。こまつ座で演出した幻の井上ひさし作品『私はだれでしょう』は、戦争の悲惨を語るラジオの声を生かして「声の演劇」の可能性を広げたといえる。

昨年の成果で演劇賞を総ざらいしたケラリーノ・サンドロヴィッチはキッチュな笑いを追求した。シアターコクーンで作・演出した『陥没』では失われた高度成長時代の夢を笑いに宿らせ、主宰のナイロン100℃の『ちょっと、まってください』では別役実へのオマージュとして不条理コントの似姿をつくってみせた。

公共劇場、問われる芸術性

劇団や劇場の制作とは異なるプロデュース公演が盛んになってきたのは、今世紀に入ってから。集団の垣根を越えて自由な創作が盛んになると期待されたが、近年は人気タレント頼みの集客手法が顕著になっている。ユニークな娯楽作が生まれている半面、薄っぺらな演技に失望することも多い。税で支える公共劇場はそうした潮流と一線を画し、演劇の芸術性とは何か、改めて見直してほしい。

中では東京芸術劇場がルーマニアの鬼才シルヴィウ・プルカレーテを演出に招き、シェークスピアの『リチャード三世』を残酷な悪夢の演劇に仕立てたのが際だった成果だった。イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出のシェークスピア劇『オセロー』の招へい、野田秀樹作・演出の英語劇など意欲的な企画が続いた。

世田谷パブリック・シアターは開場20周年にあたり、戦後演劇の大作『子午線の祀(まつ)り』を芸術監督、野村萬斎の新演出で上演した。古語と現代語、伝統演劇と現代演劇、それらを混合させる木下順二の「群唱」によるドラマは上演ごとに生まれ変わるが、今回は俳優の身ぶりによってテキストをときほぐす試みが際だっていた。演出者と主演者が兼ねられたため狂言に大きく寄った舞台になった点に賛否は別れようが、公共劇場の雄にふさわしい企画だった。このほか、韓国の鬼才ヤン・ジョンウンを演出に招いて日韓の俳優が上演した『ペール・ギュント』(イプセン作)、サンクトペテルブルク・マールイ・ドラマ劇場の28年ぶりの来日公演『たくらみと恋』(シラー作、レフ・ドージン演出)なども意欲的な企画だったといえる。

神奈川芸術劇場は芸術監督の白井晃が思春期の不安な性を題材としたヴェデキントの名作『春のめざめ』で、若い俳優たちを相手に即興的演出の妙をみせた。即興演劇から出発しているこの演出家は、自在に試行錯誤を重ねられる集団と組んだとき本領を発揮するだろう。蜷川幸雄没後、芸術監督不在の彩の国さいたま芸術劇場は英国の劇場と連携し、高齢者演劇など社会問題を見すえた運営を模索しはじめた。まさに社会を映す鏡としての、新しい劇場像を築けるかどうか。

見逃せぬ歌舞伎の至芸

最後に伝統演劇に触れておこう。江戸文化の象徴といえる歌舞伎は、近代の荒波を名優たちの創意と工夫によって越えてきた。営々と受け継がれてきた名優たちの芸を肌身で知る世代が今、最後の花を咲かせている。吉右衛門、仁左衛門、玉三郎らは体力の限りを尽くし、一期一会の舞台を懸命につとめている。その至芸を味わいたい人は劇場へ足を運んでほしい。

秀山祭の『極付 幡随院長兵衛』で吉右衛門の長兵衛がみせた子を思う切実な情愛。『仮名手本忠臣蔵』の勘平で東西の型を取り入れ、なお独自の味わいを加えた仁左衛門。舞踊『楊貴妃』(12月26日まで、歌舞伎座で上演中)で日本画の線のような洗練、柳の葉をかすかに揺らす微風を思わせた玉三郎。これらの達成は次世代にどう手渡されるだろうか。

世代交代の進む文楽では英太夫改め呂太夫が誕生。中堅クラスの太夫に進境が見えるのが心強く、咲太夫の緻密な技巧が深みを増して健在だ。勘十郎、玉男ら人形陣も元気。成長ぶりが感じられる観劇は楽しいものだ。今が正念場だから、観客としては客席を埋めて見守りたいところだ。

能楽では最大流派の観世流が本拠の能楽堂を渋谷の松濤から銀座に移した。宗家の観世清和が伝統文化の発信に意欲的なだけに、立地の良さを生かしたい。友枝昭世の『松風』(友枝会)、『道成寺』の原曲に深い解釈をみせた浅見真州の『鐘巻』(浅見真州の会)、ともに情念の演劇化という現代の表現を感じさせる秀逸な舞台だった。

(編集委員 内田洋一)

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