週末レシピ 自作でコンビーフ、缶詰にない風味と食感
週末は家めしクッキング。今週は自家製コンビーフに挑戦だ。時間はかかるが、手間いらず。今日肉を買ってくれば、クリスマスにギリギリ間に合う。おせち用途なら楽勝だ。大きな肉塊は、そこにあるだけでしあわせな気持ちになる。年末年始のしあわせのお手伝いができたら、こんなにうれしいことはない。
【材料】
牛肉 500グラム / 岩塩 30グラム / 砂糖 大さじ1
岩塩 70グラム / 砂糖 大さじ3 / 水 600ミリリットル / ワイン(赤でも白でもお好みで)400ミリリットル / ニンニク ひとかけ / セロリ 小さめ1本 / パセリ 1本 / タマネギ 輪切りひとつ / ベイリーフ 1~2枚 /粒の黒こしょう(なければ粗びきでも) 小さじ1 / ローズマリー 1本
【手順】
(1)肉に塩と砂糖をすりこむ
(2)調味液を作って、肉を漬ける
(3)ゆでる
このレシピは長い年月をかけて少しずつ、少しずつ、修正してきた。元は亡父が学生時代に買ったという古本に挟まっていた、アメリカの雑誌らしき切り抜きに書かれていたものだ。辞書を引き引き訳したそれは、ローズマリーやベイリーフなど当時の実家近辺ではおいそれと手に入らない材料もあったけれど、予想よりはるかにシンプルな材料と手順に「こんなに簡単でいいのか」と驚いた記憶がある。
しかも、缶詰とは味も食べ方もまったく違う。肉塊をスライスして食べたら、ほぐしたものだけがコンビーフじゃなかったんだ……と改めて驚かされた。
アメリカのレシピだから、原文は肉の量が10倍、塩も砂糖も倍以上の割合。とても大きな肉を、うんとしょっぱく塩漬けするレシピだったのだ。父と最初に作ったときは塩抜きの加減がわからず、ただただ塩辛い肉塊に途方にくれたものだ。だが何度も作り直しているうちに、塩はどんどん薄くなり、今では塩抜きすら省略できるレシピとなった。ぜひこれで一度試してみてほしい。
まずは肉の選び方から。
レシピの出自から言っても、気分を盛り上げるためにも、ここはアメリカンビーフが望ましい。部位はレシピ原文にもあった「ブリスケ」が最高だ。脂と赤身の割合が程よく、長時間のボイルがあってこそ生きる肉質が、コンビーフにぴったりだからだ。
ところが普通のスーパーでは、これが難しい。外国産の牛肉はオーストラリア産牛肉が優勢だし、「肩バラ」とか「前バラ」と呼ばれるブリスケはそのままだと固いため、薄切りにされてしまうことも多いからだ。今回は6軒のスーパーを探したが、アメリカンビーフの塊も、ブリスケ自体も見つからなかったため、国産牛のもも肉塊と、アメリカンビーフの肩ロースを使用した。
どうしても肉に妥協したくない場合は、肉屋に予約しておくのが確実だ。個人店でなくとも、スーパーの肉売り場でも受け付けているところは多い。また近所にコストコや、ハナマサがあれば、普通のスーパーよりは入手できる可能性が高い。
次に塩の選び方。
コンビーフは英語で「corned beef」と表記する。「corned」が塩漬けの意味に使われるのには諸説あるが「昔は塩の粒がトウモロコシくらいの大きさだったことに由来する」という説が私は好きだ。なので塩は大きな粒を選ぶことにしている。どうせ溶けてしまうものだが、その方が気分がアガるというものだ。ピンクの岩塩を選ぶ理由も同じ。コンビーフにはしゃぎたいのだ私は。
では作っていこう。
まず1日め。肉の全面をフォークや金串などでぷすぷすと突き刺したら、岩塩30グラムと砂糖大さじ1をまんべんなくすりこみ、ビニール袋に入れて冷蔵庫で一晩寝かせる。
2日め。
鍋に水600ミリリットルを沸騰させ、岩塩70グラムと砂糖大さじ3を入れ、完全に溶かす。人肌程度まで冷めたらそこへワイン、ニンニク、セロリ、パセリ、タマネギ、ベイリーフ、こしょう、ローズマリーを入れ、調味液を作る。
ニンニク、タマネギはぜひ入れたいところだが、他は省略しても構わない。またニンジンやクローブ、シェリー酒など、コンビーフに合いそうなものがあれば追加してもいい。あれこれ試してみるのも楽しい。
塩漬けしておいた肉を水洗いしたらペーパータオルなどで水気をとり、調味液に漬け込む。ジッパーつき保存袋が便利だが、食品保存容器や鍋などでも大丈夫。その場合は肉が空気に触れないように、重しするなどして注意すること。この状態で冷蔵庫へ入れ、5日から10日ほど保存する。2日に1回くらい上下を返したり、保存袋の上から揉んだりすると全体に風味が行きわたる。
漬け込みが終わったら、最終工程「ゆでる」だ。
大きな鍋にたっぷりの水を入れ、調味液から取り出した肉を入れる。沸騰するまでは強火、煮立ったら弱火にして2時間。このとき鍋が大きくてお湯が多ければ出来上がりの塩味は薄くなるし、鍋が小さくてお湯が少なければ塩味はきつくなる。画像のお湯の量だと、ちょっと薄塩かな。コンビーフは保存食だし、あまり塩が薄すぎてもおいしくないので、それぞれの家庭でぴったりくる鍋を探してほしい。
さあ、ゆであがったら実食だ。コンビーフの食べ方など今さら教えてくれなくても大丈夫、と思うかもしれない。だがせっかくの自家製コンビーフだ。最高の食べ方をしようじゃないか。
まずは、できたてを分厚く切って、熱々をそのまま。もしくはマスタードをつけて食べるのだ。これは「肉を食らう」感じがたまらない。
今回は肉だけをゆでたが、実はコンビーフと一緒に野菜をゆでるやり方もある。ニューイングランド・ボイルド・ディナーと呼ばれるその料理は、キャベツやジャガイモ、ニンジンなどをゆであがりの時間から逆算して、ビーフの鍋に時間差で放り込むだけ。ジャガイモは煮崩れない程度に、キャベツはくたくたでも、シャキシャキでもお好みで。肉のうまみがしみた野菜がたまらない。
ニューイングランド・ボイルド・ディナーの2日めは、ジャガイモを取り出して、コンビーフの切りくずなどと一緒にフライパンでガーッといため、コンビーフハッシュにするお楽しみもある。アメリカや沖縄のお土産で、はたまた輸入食材店の缶詰で味を知った人もいるだろう。あれはそもそも、こういう始末料理だったのだ。
できたて熱々で食べきれなかった分は、冷ましてから冷蔵庫へ。レシピ原文ではこのとき、重しをすることになっていたが、ラップでキュッときつめに巻くだけでもいい。これをハムのようにスライスして、マスタードやマヨネーズと一緒にサンドイッチにするのだ。塩もみしたタマネギや、クレソンなども合う。スライスしたコンビーフなど、日本では自家製でないとなかなか食べられないものだ。思い切ってたっぷり挟んでかぶりつこう。
最高にオススメなのがこれ、コンビーフ丼! ざっくりほぐしたコンビーフを熱々ごはんにのせ、卵黄ぽとり。コンビーフの塩気だけでもうまいが、卵黄にしょうゆをぽちりと垂らすとさらに絶品だ。
そしてコンビーフ丼をつまみに飲むビールときたら! 仕事が休みの日、家でのんびりコンビーフ丼&昼ビーをたしなむ人生は、控えめに言っても最高じゃないか?
とりあえず今回は500グラムとしたが、丼もサンドイッチもニューイングランド・ボイルド・ディナーも食べようと思ったら1キロでも足りないかもしれない。またブリスケだけでなく、牛タンや、豚の肩ロースなども「コーンド」にすることができる。どうせ漬ける手間は同じだ。たっぷり作ってしまおう。年末年始のごちそうが、これでひとつ増える。
レシピの書かれた切り抜きは、上京するとき父の本棚から本ごと持ってきてしまった。しかし引っ越し魔ゆえ何度も荷物をまとめるうちに、切り抜きはおろか古本も、原文を訳したノートも、とうにどこかへうせてしまった。今手元にあるのは、最初の翻訳から何度か改訂したあとのコピーだけだ。今、あの切り抜きを無性に見たい。新しい発見があったかもしれない。当時は訳せなかったテクニックや、日本には普及していなかった何かのスパイスに気づいたかもしれない。それだけはちょっぴり残念である。
(食ライター じろまるいずみ)
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