ロシアの国民的バンド、優しさと光あふれるロック

リーダーでボーカルのイリヤ・ラグテンコはロシア極東の町ウラジオストクの出身=Maria Golomidova撮影
リーダーでボーカルのイリヤ・ラグテンコはロシア極東の町ウラジオストクの出身=Maria Golomidova撮影

ロシアの国民的なロックバンド「ムミー・トローリ」が、東京では初となる単独ライブを開いた。リーダーでボーカルのイリヤ・ラグテンコ(49)は、日本でいえば桑田佳祐のような存在。哀愁を帯びたメロディアスなロックと優しい歌声で観客を魅了した。

哀愁を帯びたメロディー

ムミー・トローリはDJ(後列中央)も含めて5人組のロックバンドだ=Maria Golomidova撮影

東京・渋谷の繁華街にあるライブハウス、クラブクアトロで11月30日に開かれたムミー・トローリのライブは、ロシア文化省の文化プロジェクト「ファー・フロム・モスクワ」の一環として実現した。ラグテンコは「ファー・フロム・モスクワ」を監修する立場にいる。同プロジェクトはロシアが国を挙げて推進している文化行事「ロシアの季節」のサブカルチャー部門でもあり、現代ロシアに息づく新しい文化を海外に紹介する企画だ。

オールスタンディングの会場は超満員。ざっと見渡したところでは95%以上がロシア人である。「ロシアで最も影響力を持つロックバンド」の触れ込みを聞いたときは、見上げるような屈強な男たちが力任せに爆音のヘビーメタルを聴かせるのかと勝手に想像してしまったのだが、全く違った。

渋谷の会場にはロシア人が大勢駆けつけた=Maria Golomidova撮影

どの曲も実にメロディアスで、どこか哀愁を帯びていて、アメリカンロックとはかなり距離がある。どちらかといえば英国のロック、ブリティッシュロックに近い。アコースティックギターやタンバリンも演奏するラグテンコのほか、エレキギター、エレキベース、ドラム、さらに電子音楽機器を操るDJを加えた5人組なのだが、奇をてらった演奏やサウンドはほとんどなく、基本的に穏やかで分かりやすいロックを聴かせる。曲によっては日本のグループサウンズの進化形といった趣もあって、いかにも日本人受けしそうな予感がする。

ソ連時代、日本のラジオ放送でロック聴く

バンドの演奏はオーソドックスで手堅い=Maria Golomidova撮影

ライブに先駆けてラグテンコにインタビューする機会があった。彼は極東の町ウラジオストクで生まれ育った。「ソ連時代、公式にはロックのコンサートを開いたり、レコードを作ったりすることはできなかった。だからずっとアンダーグラウンドで活動していたよ」と振り返る。「ウラジオストクでは日本のラジオ放送を何とか受信できたから、日本のラジオを通じてロックをはじめ1980年代のポピュラー音楽をよく聴いたよ。米国のマイケル・ジャクソンから、日本のX JAPANまでね」と明かす。

ソ連崩壊後、自由がやってきたわけだが、ロシアにはロック市場もなければ、ショービジネス全般のノウハウもなかった。「アンダーグラウンドでやっていた僕らの出番が来たんだよ。それまではセルフエデュケーション、つまり自己流にロックという音楽を学んでいたわけだけど、プロデュース、ファイナンス、エージェント業務など、何から何までドゥー・イット・ユアセルフでやったんだ」とラグテンコは言う。

97年にアルバム「モルスカーヤ(海洋)」を発表し、ロシア全土で爆発的なヒットになった。「モスクワやサンクトペテルブルクのような都会ではなく、ウラジオストクという極東の町に住む無名の若者が、何の有力な後ろ盾もなく、インディーズで出して成功してしまった。これが時代的にもタイミングが良くて、重要な出来事になったんだ。当時、国民はこれから新しい人生が始まると信じていた。経済も文化も新生するという期待に満ちていた。僕らの音楽が新時代のシンボルになったんだよ」

「ダークサイドではなく、光を歌う」

穏やかに優しく歌い上げるラグテンコ(中央)=Maria Golomidova撮影

この夜、渋谷のライブハウスの観客がなぜこれほど熱狂したのか、彼の言葉を聞けば納得がいく。日本のロック界になぞらえれば、サザンオールスターズのような国民的なバンドなのだろうが、もっといえば彼らの歌は終戦直後の「リンゴの唄」であり「東京ブギウギ」や「青い山脈」に相当するのかもしれない。観客はイントロが鳴り始めるとすぐにワーッと反応し、ラグテンコの優しい声に合わせて大合唱するのである。

「ムミー・トローリ」というバンド名は日本のアニメでもおなじみのムーミン、つまりフィンランドの作家トーベ・ヤンソンの一連の「ムーミン・シリーズ」の主人公「ムーミントロール」から取っているのだが、そこに言葉遊びも秘めている。ロシア語の「ムミー」はミイラだ。ラグテンコが次のように解説してくれた。「ロシア語では、ムーミンとミイラの発音が似ているんだ。『ミイラのトロール(妖精)』なんてヘビーメタルかデスメタルのバンド名みたいだけど、僕らの音楽は怖くないよ」

「音楽は怖くない」とはまさにその通りで、このステージで次々と披露された歌謡曲のようなロックは、どれもポップで歌心に満ち、ラグテンコの歌声はどこまでも優しかった。「子どものころから耳にしていたロシア民謡だけでなく、どこかに日本のロックの影響もあるだろうね」と彼は言った。

ソ連時代からアンダーグラウンドでライブを繰り返して実力をたくわえたムミー・トローリ。こぶしを突き上げて反体制をうたうバンドなら、体制側も規制しやすかっただろうが、こんなに優しい歌を歌うバンドを完全にたたきつぶすのは困難だったのだろう。

「明るいことが少なくても、わずかな光明を歌っていく」とラグテンコ(手前)は語った=Maria Golomidova撮影

「僕にとってのロックは現実を直視したうえで生まれるスローガンではなく、むしろ現実から離れた詩のようなものなんだ」とラグテンコは強調した。「多くのロックバンドは世の中や人の心のダークサイド(暗い闇)を描くだろう。僕らはダークサイドの反対、光を歌うんだよ。たとえ、この世界に明るいことが少なくても、わずかな光明を歌っていく。それがムミー・トローリさ」

代表曲「女の子」を日本語の歌詞で歌うサービス精神も発揮し、すさまじい盛り上がりのままライブは終わった。洋楽ロックといえば、米国や英国のバンドばかり紹介されるきらいがあるが、ロシアの他のロックバンドも聴いてみたくなった。

(編集委員 吉田俊宏)

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