日本人の短時間睡眠 「働き方改革」で解消するのか
日本人は眠らない……。OECD(経済協力開発機構)の調査でも諸外国に比べて睡眠時間が短いことが明らかになった。果たして、政府の旗振りによって「働き方改革」が進み、睡眠問題も解決するのか。書籍『疲れをとるなら帰りの電車で寝るのをやめなさい』(日経BP社)の監修を担当した、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の三島和夫さんに聞いた。
「働き方改革」でも睡眠時間は伸びないかもしれない
――2011年のOECDの調査では、加盟28カ国中、日本は男性が2番目に、女性が最も睡眠時間が短かったことが明らかになりました。日本では現在、「働き方改革」が進められていますが、これによって睡眠時間は今より伸びるのでしょうか?
うーん、少しは睡眠時間が長くなるかもしれませんが、それだけで問題が解決されるわけではないと思います。睡眠時間が短いことの原因は、長時間労働だけではありませんし……。
ただ、例えば電通が違法残業を問われて捜査されたり起訴されたことで、政府が本腰を入れて長時間労働の解消に取り組もうという姿勢を見せたことは評価できます。電通やNHKの事件のように、長時間労働によって追い詰められ、自分ではどうしようもない状況にある人というのは一定数いますから。
医学的には、短時間睡眠が続けば生活習慣病やうつ病などのリスクが中長期的に高まることが分かっています。ですから、「働き方改革」によって休養の重要性が広まることには大きな意義があるはずです。
――睡眠不足によって仕事の生産性が下がることも、日本全体ではマイナスだといえるでしょうか。
それは確実にマイナスです。徹夜したあとに感じるような強い眠気とは違って、慢性的な眠気というのは、本人が気づかなくなってしまうことがあります。本来必要な睡眠時間より短くしか眠れていない場合、それに慣れて、鈍感になってしまうのです。これが慢性的な「痛み」なら、なんとか治療しようと病院に行くかもしれません。でも眠気だと、気づかなくて、取り返しのつかないことになってしまうかもしれないのです。
自分では普通に働いているつもりでも、短時間睡眠のせいでパフォーマンスが落ちているかもしれない。それによる経済的な損失というのは、日本全体でいうと小さくないでしょう。
自分から「短時間睡眠」を選んでしまう日本人
――短時間睡眠の原因は長時間労働だけではないとのことですが、ほかには何が原因だと考えられますか?
ライフスタイルとして何を選び、何を優先するか、ということなんです。ひょっとしたら、会社で残業せずに家に持ち帰って「隠れ残業」をする人もいるかもしれませんが、家に帰ってからの過ごし方として、趣味や、スキルアップのための「自分磨き」に時間を費やして、睡眠時間を削ってしまう人も意外と多いのではないかと思います。
というのも、強い眠気を訴えて外来に受診してくる方の中には、勤務実態からすると睡眠時間が必ずしも十分に確保できないわけではないという人も多く、むしろ仕事以外にやりたいことがあって、その時間を捻出するために寝る時間を削ってしまっているのです。
――仕事が忙しくて帰宅が遅くなっても、朝は決まった時間に起きて出勤しなければならないですよね。遅く帰ってきた平日の夜は、家で何もできずに寝るしかないと思うのですが……。
ところが、そんな日でも寝る間を惜しんで趣味に時間を使いたいという人もいるのです。私が一般向けに睡眠について講演を行った後で、「休養の大切さはよく分かったのですが、睡眠時間がなかなか確保できないので、5時間くらいで疲れの取れる質の良い睡眠をとる方法があったら教えてください」と質問にきた方がいました(「睡眠時間は固定費です 人は何時間眠ればいいのですか」)。
その方は、忙しいときは帰宅が23時になることもあるけれども、電車通勤には往復で計3時間かかり、朝は6時30分に起きなければならないそうです。家で妻と晩酌して、ニュース番組を見て、私用メールの返事を書いたり、インターネットのビジネス英会話講座を受けることもある。趣味のプラモデルづくりもやりたい……。
――寝る間も惜しんで趣味や勉強に打ち込む人は、意外と多いかもしれません。
やりたいことがたくさんあっても、ある程度、整理していかないと、睡眠時間が確保できないですよね。そもそも、1日24時間から、働く時間、通勤時間、趣味の時間などを差し引いて、残りを睡眠時間にするという考え方が間違い。24時間から働く時間や睡眠時間を引いて、残りの時間を趣味などでやりくりするべきです。そうでないと体が休まりません。
「四当五落」の精神を捨てる!?
――NHKの国民生活時間調査によると、日本人の睡眠時間は50年間で約1時間短くなっているそうです。どうして日本人は眠らなくなってしまったのでしょうか?
日本人はもともと勤勉ですよね。高度経済成長期には仕事をやればやるほど豊かになる実感が持てたわけです。だから、寝ないでがんばることが美徳とされる風潮ができてしまったのでしょう。
仕事だけじゃなく、受験戦争も激しかった。「四当五落」(4時間睡眠なら合格するが、5時間睡眠では落ちる)という言葉も生まれました。バブル経済のころには「24時間戦えますか。」というキャッチコピーもありました。睡眠時間を削って努力するという「精神」が、親から子へと受け継がれていってしまったのです。
――ところが、米国で1979年に起こったスリーマイル島原発事故や、1986年のスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故、旧ソ連で1986年に発生したチェルノブイリ原発事故も、スタッフの睡眠不足が主な原因の一つと報告されています。
短時間睡眠が悲劇につながることは、電通やNHK、もしくは新国立競技場の建設現場などでの事件でも明らかになりました。「働き方改革」に話を戻すと、残業時間の規制による一定の効果もあるでしょう。ただ、すべての職種で残業時間を規制できるかというとそうではなく、マネジメントする側にとってもこれは大きな問題です。
――今や徹夜していることを自慢するようなビジネスパーソンはほぼいなくなりました。でも、残業規制といっても、その人が休むと組織全体がストップしてしまうような、替えのきかない人材もいるでしょうね。
例えば、医師に対して厳密に残業時間の規制を適用すると、地域医療が崩壊してしまうところも出てくるかもしれません。コストをかけてそうした人材を社会全体で増やそうとしても、時間はかかりますよね。
医学的には、休養をとることの重要性ははっきりとしています。あとは、「社会実験」によって、実際にこれを確かめることができたらいいのですが……。みんながきちんと睡眠をとることで、健康になったり、仕事のパフォーマンスが上がったり、企業の収益に貢献したりすれば、説得力が出ます。
――そうした実験には、時間もお金もかかりそうですが、ぜひ実現してほしいですね。さて、最後の質問になります。三島さんは昨晩、何時間ほど眠られましたでしょうか?
いや、実は最近忙しくて……。具体的な回答は差し控えさせてください(笑)。
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 精神生理研究部部長。1963年生まれ。秋田大学医学部卒業。同医学部精神科学講座助教授、米スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授などを経て、2006年より現職。日本睡眠学会理事。著書に『不眠の悩みを解消する本』、『8時間睡眠のウソ。』、『朝型勤務がダメな理由』など。新刊『疲れをとるなら帰りの電車で寝るのをやめなさい』の監修を担当。
(日経Gooday編集部)
[日経Gooday 2017年11月27日付記事を再構成]
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