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白河桃子 すごい働き方革命

過労自死を招く企業の構造 産業医が見た職場のリアル 産業医・大室正志さんインタビュー(上)

2017/12/14

 「電通の過去2度の過労自死は、防げた事件だ」と語るのは、『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)の著者、大室正志さん。長時間労働は、どのように人の心をむしばんでいくのか。同じ過ちを繰り返さないために、企業はどのように変わるべきか。詳しくお話をお聞きしました。

■長時間のストレスが体の誤作動を起こす

白河桃子さん(以下、敬称略) 長時間労働が過労死、過労自死にどのようにつながるのか、産業医の立場から解説していただけますか。

医療法人社団 同友会 産業医室勤務。産業医科大学医学部医学科卒業。都内の研修病院勤務を経て、産業医科大学産業医実務研修センター、ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医を経験し現職。専門は産業医学実務(写真:吉村永、以下同)

大室 まず言えることは、有名企業の社長だろうが健康な若手社員だろうが、「睡眠不足が体に悪いのは人類共通である」ということです。人類の体は、解剖学的には20万年前からほとんど変わっていません。ただ、環境だけが変化しているんです。

 僕らが類人猿だったころ、ライオンに遭遇すれば、まず戦うか逃げるかを決めなければなりませんよね。大抵の場合は戦えませんから、逃げるわけです。そのときに、人間は瞳孔が開いて、皮膚の血管が収縮します。襲われても出血が少なくて済むようにするのです。こうして重要な部位に血液が集まってくるから、緊張すると心臓がドキドキするんです。

 一方、胃腸などの消化器系は副交感神経が動かしています。これはリラックスしているときの働きですから、緊張すると、止まってしまいます。だから、緊張すると食べ物が喉を通らないんです。

 ただ、僕らが類人猿だった時代、ライオンに遭遇するような緊急事態はごくまれにしかありませんでした。たまに出合ってしまっても、逃げ切れば「やれやれ」と気が抜けて、胃腸が動き始めます。このような体の反応は、今も変わっていません。ところが、今は悲しいことに、隣の席にライオンのような上司が座っているケースがあるんですね。慢性的なストレスを抱えながら、仕事をしなければならない。

 こんな状況は、人類のプログラムとしてはすごく不自然なことなんです。緊張が長く続くと、運動をしていないのに動悸(どうき)を感じたり、突然眠くなったりという症状が現れ始めます。

 さらに近年は、モバイル機器が発達したことで、どこにいても仕事ができるようになりました。15年前は、六本木ヒルズあたりで、ゴールドマン・サックスやリーマン・ブラザーズのダイレクターたちが、「BlackBerry(注:ブラックベリー、スマートフォンの元祖的な存在)」を操作して仕事をしていたんです。その姿は、外にいても仕事ができるほどの裁量権があるという証しでした。

 これが今では当たり前となり、新入社員にとっては、外にいても仕事が振られてくるという「首輪」の状態です。

白河桃子さん

■形を先に変えれば、意識も変わる

白河 モバイル機器が、裁量権の証しから奴隷労働の証しになってしまったというわけですね。働き方改革によって柔軟な働き方ができるようになったことはいいことだけれど、副作用もあります。今、仕事のメールを読むツールの1位はパソコンですが、2位のスマートフォン(スマホ)も5割ぐらいを占めるそうです。

大室 もちろんモバイル機器の発達によって、子育て中の主婦も仕事ができるようになるなど、プラスの面もたくさんあります。その一方で、「仕事のやめどき」が分からなくなるという問題も出てきました。特に日本人は、人から「終わり」と言われないと、やめられない傾向があります。欧米は個人主義の国ですので、自分で終わりを決められる人が多いんですが、日本人はそうではない。

 例えば、コンサル業のように忙しい仕事でも、プロジェクトが立ち上がって、繁忙期がきて、その後は1週間ほど余裕が出てくるというようにメリハリがあれば何とかなるでしょう。でも、そうはいかない場合が多い。

白河 確かに日本は始まりの時間は決まっていますが、終わりの時間は非常にルーズです。産業医としてさまざまな会社を見てこられて、実感としてそう思われるんですね。

大室 例えば、よく日本のおじさんがビールを飲むとき、断る理由として「いや、僕は医者に止められているから」と言うシーンがありますよね。

 それは外国人から見ると、不自然なのです。医者はあくまでもメディカルアドバイザーですから、自分はそのアドバイスに従って主体的に飲まないと決めるわけですよね。

 つまり、日本人は責任の主体を曖昧にする言語が大好きなんです。「医者に止められている」という大義名分があるから、仕方なく従いますという言い方が好きなんですね。

 逆に言えば、大義名分が現れた瞬間に、薄々思っていたことが一斉に動き出すことがあります。クールビズなんか典型的な例でしょう。「うちの会社、クールビズを始めるというんで、ジャケットを脱いでみたんですよ」と。自分が決めたわけではない。でも、もともと皆が「夏はネクタイなんかしないほうがいい」と考えていたから、一斉に動いたわけです。

 「日本人は責任の主体がなくて成熟していない」と否定的な言い方をする人もいますけれど、それを逆手に取って、うまいこと大義名分を誘導してあげるのも、働き方改革を進める上で有効な手段になるのではないかと思います。

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