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リケジョが宮司 寂れた神社を復興させた現代の言霊力

2017/12/8

稲をはじめとする五穀の豊穣を祈る「祈年祭」で湯立神事を行う東川宮司

 過疎高齢化が進む地域で、2000年ともいわれる由緒がありながら寂れてしまっていた神社を復興させた女性宮司がいる。しかも大学では生物学を専攻したリケジョ(理系女子)……。こんな話を聞きつけ、奈良県御所市の「葛木御歳(かつらぎみとし)神社」の東川優子(うのかわゆうこ)宮司を訪ねました。

◇  ◇  ◇

 葛木御歳神社は、平安時代に従一位を賜った由緒ある古社ですが、人の手が入らない状況が長く続いていました。十数年前までは、拝殿の床にコケが堆積し、摂社や社務所は壁が壊れ、屋根には穴が開いているという状況でした。

 現在、神社の建物や瑞垣(みずがき)はきれいに修復され、途絶えていた祭事も復活し、多くの人が集まるようになりました。古くからの地元の氏子さんたちだけでなく、インターネットなどを介して縁ができた多くの人たちが共に神社を支える体制が実現したのです。

葛木御歳神社宮司の東川優子さん(サロン&カフェ みとしの森にて)

 「葛木御歳神社の神域は、少なくとも1600年、おそらくは2000年の長きにわたって祈りの場であったと考えられています。この神社を、清浄な祈りと神祭りの場であると同時に、地域の方々が集って縁を結び合い、神様に奉納するエンターテインメントを皆で楽しむ場、いわば神社本来の形に戻したい。そして、神社を包む森の環境とともに1000年先まで伝えたいと考えています。賛同してくださる方を一人でも多く募り、このビジョンを実現させたいのです」

 「次の1000年」を見据えた神社のビジョンを語る東川さん。ネットでの情報発信やクラウドファンディングを活用し、マーケッターとして抜群のセンスを発揮して復興を進めてきました。しかし彼女自身はもともと神社にゆかりはなく、神社の地元の出身でもありません。どのようにして現在に至ったのでしょうか。

■経済苦の中で突然出会った「神様」

 東川さんは大阪生まれ。父は会社経営者で、恵まれた環境に育ちました。「小さな頃からいつも学級委員に選ばれるタイプで、勉強も好きでした」という東川さん。行動力と好奇心にあふれた優等生でしたが、「自分はこんなに頭でっかちのままでいいのだろうか、という不安はどこかに抱えていました」と話します。そんな彼女に「豪快で明るい父は、いつも『思うように生きなさい』と言ってくれました」。

 奈良女子大学では環境生物学を専攻。卒業後は、趣味だった陶芸に本格的に打ち込むため関東でしばらく暮らしましたが、力仕事がたたって体調を崩してしまいました。

 2年ほどで大阪の実家に戻り、その後、紹介する人があって結婚。結婚によって移り住むことになったのが葛木御歳神社の近隣でした。

 その後も何不自由ない暮らしを送っていましたが、40歳を超えた頃、大きな試練が訪れました。父が創業した企業が倒産し、その余波で自身も負債の返済に追われることになったのです。それまでの生活は一変。その後、夫とも離婚することになります。

 「子どもを抱えて、家庭教師と塾の経営を掛け持ちして休みなく働きましたが、どうにもなりませんでした。子どもの足が大きくなっても、新しい学校用の上履きを買うことができない。ATMでお金を下ろそうとしたら残高は0円。スーパーで小銭しか入っていない財布を握りしめ、涙が止まらなかったこともあります」。そんな生活が1年以上も続いていて、普通の精神状態ではなかったかもしれない、といいます。

 「気が付くと、神社の境内に立っていました。そして唐突に『この神社を継ごう。神社を再興しよう』と思ったのです。本殿の背後の森に入っていくと、例えようもない優しさで神さまが迎えてくださる気配をありありと感じました。たおやかな女神様と、りんとした男神様が『よう来たな。待ってたんよ』と降りていらしたようなイメージでした。その場にひれ伏したいような気持になり、涙がボロボロこぼれました。とにかく、この神社の再興を自分の生きがいにしたい、と思いました」

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