職場で転倒して骨折 労災が認められる要件とは?
こんにちは、人事労務コンサルタントの佐佐木由美子です。社内で普通に仕事をしている中で、もしケガをしてしまったら、いったいあなたはどう対処するでしょうか? 今回は、事後対応で明暗を分けたケースを取り上げます。
意外な場所で思わぬ大けが
10人もいない小さな職場で、一般事務として働く康代さん(仮名)。来客があったときは、お茶出しをするのも康代さんの仕事でした。いつものように来客者にお茶出しをして、帰ったあとに片付けをしようと複数のコップをお盆で運んでいる最中に、事故は起こりました。
打ち合わせでちょうど使用していた、移動式のホワイトボードの車輪部分に足をつまずかせてしまい、お盆を持ったままの体勢で、思いっきり転倒してしまったのです。大変な衝撃と激痛が走り、康代さんは倒れたまましばらく起き上がることができませんでした。
職場に迷惑をかけまいと、「大丈夫です……」と言いながら、少し休んでいましたが、その後も全く仕事はできない状態で、上司からは「今日はもう帰っていいから、病院で診てもらって。無理せず、今週は休んでいいから」と言われました。康代さんはすぐに病院へ行きましたが、右腕の前腕部を骨折しており、手術が必要な状態で、全治3カ月の重傷でした。
利き腕を使えないというのは、日常生活においても大変な困難を強いられるものです。やむを得ず会社を休職することとなった康代さんでしたが、自分の不注意で起きたケガだから仕方ない、と落ち込んでいました。しかし、休職中は無給なうえに、治療代もかさみます。心配した家族から「これは労災ではないのか」と言われ、康代さんは上司に相談してみることにしました。
認識不足からの不適切な対応に注意
今回のように、会社内で業務に起因して発生した事故は「業務災害」となり、すみやかに労災保険が適用されるのが、本来のあるべき姿です。しかし、会社からは労災保険について、一切説明を受けることはなく、康代さんが申し出て、ようやく対応してくれる有様でした。
小さな職場、まして危険業種でもなければ、認識不足から適切な対応が取られていないことも十分に考えられます。康代さんが相談したことをきっかけに、事態は好転しました。
もしこのまま、疑問を持たずに健康保険を利用していたとしたら、まったく違う結果になっていたでしょう。業務災害の場合、病院での医療費が実質無料となる(療養補償給付)とともに、休業期間中は「休業補償給付」を申請できます。
休業補償給付は、
(1)業務上の理由による負傷や疾病による療養のため
(2)働くことができず
(3)給与をもらっていない
という3つの要件を満たす場合に、休業4日目から支給されるもので、休業特別支給金と合わせて、給付基礎日額(※)の80%が支払われます。
※給付基礎日額とは、事故が発生した日又は医師の診断によって疾病の発生が確定した日(賃金締切日が定められているときは、傷病発生日の直前の賃金締切日)の直前3カ月間に支払われた給与(賞与を除く)をその期間の暦日数で割った1日あたりの賃金額をいいます。
こうした補償があることで、安心して治療に専念することができるといえるでしょう。そもそも、健康保険は業務外の事由による傷病が対象となるため、康代さんのケースでは利用することはできません。
仕事を長期間休むことで、雇用契約が打ち切られてしまうことを懸念される方もいるかもしれません。これについては、「業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後の30日間については解雇してはならない」ことが法律で定められています(労働基準法第19条1項)。そうした点においても、私傷病休職とは取り扱いが大きく異なっています。
社内でのケガ 業務災害と認められるための要件
ひとつ注意したいのは、会社で発生したケガや病気だからといって、必ずしも労災保険が適用できるとは限らないことです。業務災害と認められるためには、「業務起因性」と「業務遂行性」が認められなければなりません。
今回のように事業主の支配・管理下で担当業務を行っているときのケガであれば、比較的分かりやすいケースといえますが、事業主の支配・管理下であっても、私用(私的行為)又はいたずら(恣意的行為)が原因となって発生したケガなどは、業務起因性があるとは認められません。
まして、疾病においては、業務上の有害因子にばく露したことによって発症したものであり、業務との間に相当因果関係があると認められる場合に、初めて業務上疾病とされるため、安易な判断は禁物です。
普段の仕事において、あまり意識されることのない労災保険。通勤途中のケガであれば、「通勤災害」を連想される方もいらっしゃるかもしれませんが、業務災害も身近に起こり得るケースがあることを知っていただき、いざというときに適切なアクションが取れるようにしたいものです。
人事労務コンサルタント・社会保険労務士。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所等に勤務。2005年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、働く女性のための情報共有サロン「サロン・ド・グレース」を主宰。著書に「採用と雇用するときの労務管理と社会保険の手続きがまるごとわかる本」をはじめ、新聞・雑誌等メディアで活躍。
[nikkei WOMAN Onkine 2017年11月8日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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