トークの心配事 笑いをとるのは難しい(井上芳雄)
第11回
井上芳雄です。コンサートのMCやトークショーでしゃべる機会が多いのですが、いまだに始まる前は、ちょっと怖いですね。どのネタが受けるかなとか、面白いことがちゃんと出てくるかな、と思って不安になるからです。受けないと、心配になります。僕のトークが長くなりがちなのは、お客さんが笑ってくれるまで、しゃべってしまうからでしょう。笑いをとるのは難しいですね。そんな僕に、強い味方が現れました。
パーソナリティーを務めるラジオ番組『井上芳雄 by MYSELF』のスペシャルライブを、10月12日に東京国際フォーラムで催した話を第8回(「何が起こるか分からないのがライブの魅力」)でしました。ライブの構成を担当してくれた安倍康律くんが、その人です。ミュージカル仲間で、『グレート・ギャツビー』にも出演していました。後輩ですが、数歳しか違わないので同世代ですね。
彼は「ぼるぼっちょ」という劇団を主宰していて、台本も書けるので、ファンクラブのイベントの台本を書いてもらっていました。それが面白くて、笑いもたくさんあるので、今回初めて一般のお客さんが対象のライブで台本をお願いしました。
当日のしゃべりは、基本的には僕の進行によるフリートークでしたが、所々で台本があって、そこはセリフが決まっていました。例えば、坂元健児さんとのトークでは、僕が「吐きそうだ」と言い出して、「吐くな」「まだだ」というやりとりがあって、坂元さんが『ハクナ・マタタ』を歌います。
フリートークでずっとしゃべるのですが、最後の笑いをとるところはあらかじめ決まっていて、そこにたどり着けば、トークを面白く終えて歌にいける、というやり方です。これだと、トークが仮に盛り上がらなくても、最後は外さないという安心感があるので、僕はとても楽にしゃべることができました。
安倍くんとは、笑いの好みが合うのでしょう。こういうふうなオチがほしいとか、こういうふうに終わらせたいと言ったら、それをとても上手にセリフにしてくれます。途中からコントみたいな感じになって、すごくおかしいんです。
後輩の才能にうれしい発見
たくさんトークショーをやってきましたが、今までは全部がフリートークでした。演出家がいる場合でも、ここでミュージカルの話、ここでドラマの話と、話すテーマを決めるだけで、面白い要素を足すのは自分。それで、トーク術を鍛えられたところが大きかったと思います。
ただ、自分のアイデアにも限界もあるし、スケジュールに余裕がないときは歌うことで精いっぱいだったりもします。だから、台本を一緒につくってくれる仲間ができたのは、とてもうれしいことです。
ライブには演出家がいなかったので、安倍くんにステージ上での動きを見てもらい、アドバイスをもらいました。1曲目に歌ったオリジナルソングの作詞もしてくれました。なんでもできる、すごい人だとあらためて感じます。
彼のマルチな才能を知ったのは、主宰している劇団の公演に誘われて、見に行ったときです。驚いたことに、全部1人でつくっていました。台本はもちろん、作曲や作詞も自分で。ピアノは弾けなくて、譜面も書けないのですが、ラララで歌って作曲するそうです。振り付けも自分でするし、美術も全部自分でつくったと。それで、お芝居の内容もけっこうよかったので、面白い人だなあ、と。役者の後輩と思っていたけど、作り手としての才能もあったという、うれしい発見でした。それで、ちょっとずつイベントを手伝ったりしてもらっているうちに、今回のライブにつながったのです。
彼は、この先も劇団をやったり、自分のミュージカルをつくっていこうとしています。その才能を開花させてほしいし、それが僕のかかわることであったらいいなとも思っています。一緒になにか新しいものを生み出していきたいですね。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第12回は12月16日(土)の予定です。
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