ライフコラム

立川談笑、らくご「虎の穴」

深夜映画館を独り占め 嬉し恥ずかし体験 立川笑二

2017/12/3

 師匠と兄弟子の吉笑とともにリレー形式で連載させていただいているまくら投げ企画。今回の師匠からのお題は「映画」。えいっ!

 私は終電が過ぎた頃に映画館へ行き、ガラガラの客席で映画を見るのが好きだ。その時間帯を狙って映画を見に行くことが多い。

 先日も終電に乗って映画館へ行き、上演20分前に発券機でチケットを買おうとすると全ての座席が空席状態だった。

眠りに落ちて目覚めたら

 昔と違い最近は少ない座席数でいろいろな作品を上映する映画館も多い。それでもさすがに客が自分ひとりだけという状況は今までなかったので、少しわくわくしながら入るとやはり客は私1人だけ。

 客席の中央に座りのびのびと映画を見ていたのだが、その日は朝から落語会の仕事があったためかいつの間にか映画の途中で寝てしまった。

高座に上がる立川笑二さん(東京都武蔵野市) 

 ふと目が覚めるとストーリーは随分進んでしまい、ついていけなくなっていた。いっそのことそのまま出てしまおうかとも考えたが、その映画が「私のためだけに上映されているかもしれない」と思うと出るに出られなくなってしまった。

 映画館のシステムはよく知らないが、客が誰もいなければ映画は上映されないかもしれない。なまじ私という1人の客がいるために上映されているんじゃないかと思うと、ここで出てしまうとスタッフに「なんだよあいつさえいなければ休憩出来たのによお」なんて悪口を言われてしまうのではないかと考えてしまったのだ。

 スマホで時間を調べると上映終了まであと1時間ほどはある。しばらくは、スマホをいじって時間を潰していたが、それにも飽きてきたところで、こうなったら普段だと映画館でできないことをやってみようと思った私は、リアクションの良い客を演じてみることにした。面白い人になりきるのは、いつも高座でしていることだ。

 その時に見ていた映画がホラー系の洋画だったので、「わー」とか「きゃー」とあえて大げさに声に出してみる事にした。普段だと映画を見ている時に笑い声を出すこともためらってしまっていたせいか、やってみると気分が乗ってきた。映画をより楽しく見ることができるというのはちょっとした発見だった。

 だんだんとエスカレートして大声を出していたところで、ふと我に返った。後ろの座席に他の客がいたらどうしようかと考えてしまったのだ。

 私より前の座席に人がいないのは見ての通りだが、後ろの座席は確認はしていない。私が寝てしまっている間に他の客が入ってきて座っている可能性もある。

 もし私以外の客がいたとした場合、その時の私はその人にどう映っているだろうか。

 少し遅れて深夜の映画を観に行くと客席でぐーぐーと寝ていた小太りの男(私)が、映画の中盤からいきなり起きてスマホをいじり出したかと思うと、急に映画に見入って声をだして驚きはじめ、しまいには「やめてー」「逃げてー」と叫びだしたのだ。気味が悪い。そんな奴、こわくて注意できるはずがない。

 冷静になった私はそれまでのリアクションをやめてしまおうかと考えたが、ここでピタリとリアクションを止めてしまうのもかえって後ろにいる(かもしれない)客に更なる恐怖を与えてしまうのではないかと思うとそれもできない。

 色々と考えた結果、徐々に徐々に、すこーしずつリアクションのテンションを下げていくという方針にし、そこから5分程かけて再び私は沈黙した。

 映画は終盤にさしかかっている様子だが、もう少し続きそうな気もする。そのまま駆けだして外に出るという手段もあるが、全てが私の思い過ごしで客が私1人だけだった場合、ここで帰ると映画館のスタッフに悪口を言われてしまう(それとて思い過ごしの可能性が高いけど)。

初めてのスタンディングオベーション

 勝手に八方塞がりの状況に陥った私は、思い切って振り向くことにした。私より後方に座っているのなら振り返っても私の顔は逆光で見えないだろうから、そこで他の客が居た場合は一目散に逃げてしまおうと考えて、振り向いた。

誰も、いない。

やったーーーー!

 映画の中では主人公の仲間が怪物に魂を抜かれてしまった様子だったが、その時の私には全く関係なかった。

 そこから映画が終わるまではそれまで以上のリアクションを取り続け、エンドロールが流れる時には1度で良いからやってみたかったスタンディングオベーションをして悠々と客席を立った。

 ただ、私が客席を出た時にドリンクの空き容器を回収してくれた女性スタッフの方が「ありがとうございました」と、まともに言えないぐらい笑っていたのには今だに少し気になっている。

 このご時世、客席を映すカメラぐらいあるのかしら。

 これまでの人生で最も忘れられない映画体験の話。

立川笑二
 
1990年11月26日生まれ。沖縄県読谷村出身。2011年6月に立川談笑に入門。前座時代から観客を爆笑させ評判に。14年6月、二つ目に昇進。出囃子(でばやし)は「てぃんさぐぬ花」。立川談笑一門会のほかにも、立川吉笑、立川笑坊ら一門、立川流の若手といっしょに頻繁に落語会を開いて研さんを積んでいる。

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