戦ってる場合? 既得権ママ社員×未婚社畜女子バトル
渡る世間は鬼ばかり、とまでは言いませんが、それにしても女の世界は分断や対立が多いもの。中でも、「女性活躍推進」の波が大きくなればなるほど職場で深刻な対立問題を引き起こしているのが、「あれもこれもイキイキママ」と「未婚社畜女子」。
仕事と子育てを両立したいからと、仕事を途中で放り投げて帰ってしまうイキイキママの尻拭いをさせられるのは結局、シングル女子。
時代の徒花「既得権女子」、またの名を女性活躍フリーライダー?
仕事とプライベートのワークライフバランスを推進するのが正義! という世情の中にあっては、「両立」の二文字は水戸黄門の印籠並みに有無を言わせませんが、「ママのプライベートは手厚く保障されるのに、その尻拭いをする未婚女性社員はイキイキママの尻拭いでプライベートなんかないのっておかしくない?」と未婚女子がいや応なしの社畜化を嘆く、はてな匿名ダイアリーの二つの投稿が話題を呼びました。
そう、「女性活躍」と「両立」は問答無用の印籠となる、このご時世。
でもネットで批判される「あれもこれもイキイキママ」とは、仕事も家庭も100%以上の達成度でこなすスーパー優秀な女性や子育てに重きを置いて派遣やパートでゆるっと仕事をするような女性のことではなく、「あれもこれも中途半端な正社員ママ」のことなのだとか……。
産休と育休を「既得権」として最大限に利用し、時短制度を利用して仕事を放って早帰りし、とにかく子育てを盾に職場に貢献せず、そのフォローで仕事量が倍増する他の社員からすれば「なんでそこに正社員として居座っているのか?」「席が空かないから人員補充もできない」とイライラはMAX。あげくに、「ポコポコと何人も子どもを産んで産育休を連続して取り、育休が終わるとさっさと退職するような『確信犯』もいて、周囲は開いた口が塞がらない」のだそうです。
イキイキママとは、企業が女性に優しく手厚い支援を政府の号令の下に提供する、この時代ならではのいわば徒花(あだばな)。でもネットではイキイキママたちの実像を、怠惰でこずるくて女性活躍推進の甘い汁を吸う見せかけの「イキイキ」だとバッサリ。
同じワーキングママで、日々仕事にも家庭にも100%以上の出力と完成度で頑張り、本当に両立を実現しようとすり減っている人の中にも、中途半端に時短で会社にぶら下がるママ社員のことをフリーライダーと呼んで「そういう人がいるから本当の女性活躍が阻まれる」と迷惑視している人々もいます。
そう、「両立」の当事者であるワーママの間にさえも、大きな温度差が存在しているのです。
かつての「お嫁さん候補一般職女子」がスライドした「マミートラック」
そういった女性社員の中の温度差や反目とは、かつての女性一般職と総合職の関係の中にもありました。会社勤めはエリートの結婚相手を見つけるためで、20代後半で寿退職するのが夢なんていう一般職女子社員と、そんな彼女たちに「大した仕事もできずおしゃべりして化粧ばかり直して、それでお給料をもらうなんて、いったい会社へ何をしに来ているの?」と冷たい視線を投げていた総合職女子社員。
そういえば一般職とは、企業の側が採用時に「女の子は結婚したら辞めるもの」という前提で、あくまでも男性社員のアシスタント職として用意した職種でした。中には「一般職の女の子は、みんな男性社員のお嫁さん候補として採用しているからねぇ」と公言する人々もいたくらいです。つまりは、「男性社員の嫁」プールに若い女子がうようよ。わぁ、日本企業って本当に親切だったんですねぇ、男性社員からすれば夢みたい。一般職で就職するということは、そうやって会社にあらかじめ用意された女の生き方に従いまーす、と同意署名することでもあったのです。
現在運用されている、時短勤務制度などの「両立支援」制度は、かつての一般職と同じような「会社が女の子用に用意してあげた、ちょっと軽い働き方」という位置にあるのかもしれません。(ちなみに、制度を利用する社員が100%女性というのは、本人たちはホワイトだと思っているかもしれませんが、本当の多様性など実現できておらず制度のあるべき姿には不合格のダメ企業ですけれどね)
制度をフル活用して子育てを重視するような今の日本女性の「イキイキママ」的働き方は、かつて2000年代の米国では「マミートラック」と呼ばれて流行したものです。
時短や「イキイキ」は、給与や出世とのトレードオフである
ただ、ここで忘れてはならないのは、一般職も、時短社員も、ともにそれなりの給与しか支払われていないということです。
充実した制度を用意できるほど大規模な企業の給与体系とは、決してゆるゆるの寛容なものではありません。所属する組織が「女性社員にどういうキャリアパス(選択肢)を提供しているか」で生き方の大枠が決まってしまうのが組織人というもの。
かつての一般職は、仮に本人が就職氷河期や「女はそうあるものだ」という周囲の古い考え方ゆえに仕方なく一般職として入社し、総合職社員よりもはるかに多い仕事量をこなして高い完成度を見せていたとしても、総合職よりも低い水準でしか給与を得ることはできず、昇進の道筋も用意されていませんでした。
また現代の時短社員は、時短というだけで実際の労働時間がどうであれ、基準額をカットされることがほとんど。実際、「基準額が5割カットになった」「時短で働いてから給料は以前の半分くらい」という声をよく聞きます。
つまり時短社員とは、正社員と思われていますが立場は別、「給与の○割を放棄する(=傷を負う)ことで、早く帰ってプライベートのために時間を使う権利を買っている」社員なのではないでしょうか。
夫が地方単身赴任になってしまい、不本意ながら時短を使っている元・バリキャリのワーママが「まるで『二軍暮らし』。まともに働けない社員に重要な仕事が振られるわけもなく、『二級市民』の存在に落ちた自分が悔しい……」と絞り出すように言った言葉を覚えています。一口に時短を使っているママ社員と言っても環境はさまざまで、やはり温度差があるのです。
ただ共通して言えるのは、「彼女たちは何かを諦めているから、その状況にいるのだ」ということ。
それは給与かもしれないし、出世かもしれない。ぱっと見「良妻賢母で家計にも貢献するふりをして子育てはジジババに丸投げでラクをしているマミートラックの既得権ワーママ」は、独身女子からはすべてを手にして甘い汁を吸い、中途半端に「イキイキ」ごっこをしているふざけた社員としか見えないかもしれませんが、時短だからこそ実情はあれもこれも全部取りなんてできない、非常に限定された選択肢しか持っていないのです。
第一線から降りた人と戦っても「負け戦」
「一流大学を出ているのに一般職を目指す」「小賢しい女」たちは、自分たちが決してキャリア追求の人生に向いていないことを分かっていて、ゆるっとした生き方を選びたいと早々に宣言しているのです。そして、そういう女性は、どの時代にも一定数ずっといるのでしょう。
既得権女子とは、決して勝ってなどいない、第一線を自覚的に「降りた」女性たち。既得権女子に勝負を挑んでも、あちらはもう既に戦いを放棄しているので、戦う相手ではないのです。それに気付かずイライラするのは不毛な「負け戦」です。
あなたは何を最優先にしますか?
女は地続き。20代女子もいずれ40代になりますし、今は子どもがいなくてもいつか出産することだってあり得る。結婚したって、現代日本の離婚率は約3割です。何が起こるか分からない今の時代、専業主婦も何かのきっかけで有職婦人にならざるを得ない、あるいはその逆の可能性も大いにあります。
つまり「あちら側」とあなた自身は、同じ一人の女性の表裏なのです。
「あり得るかもしれない自分」を嫌うのは、今の自分の選択は正しいと言い聞かせる正当化の心理プロセスなのかもしれない、と考え至ると、対立・反目に時間を使うのも、そんな中で引き受けているサビ残(サービス残業)もアホくさく思えませんか?
椅子を蹴って立ち上がり、「批判」の声をあげて改善していこう
まずは椅子を蹴って立ちあがり、上司に「仕事が明らかに回りません。もう○カ月で、チームも私も限界です。育休(時短)社員を在籍させたまま人員補助もせずに女の仕事は女同士で回せって、男何やってんの? どこ見てんの? その目は節穴なの?」と言い放ってやりませんか。
そもそも、「育休取得率100%」はホワイトでもなんでもありません。社員の育休取得を可能にし、なおかつ社の末端で「しわ寄せ」を起こさないような制度設計までカバーしている企業がホワイトなのです。既存のメンバーに「しわ寄せ」させて無理やり解決している点で、その企業も上司もホワイト失格、むしろ現場の質としてはブラックなのです。
「育休(時短)社員にも給与は出しているから、人員補助の余裕はない」と言う、育休や時短制度の意味が分かっていない勉強不足の上司。「女性ならではの業務だから、仕事を分かってる同じ女性にお願いしたいんだよね」なんて調子のいいことを言って、自分には面倒が降ってこないようにしている上司。自分たちのマネジメントの下手くそぶりを棚に上げて、「とりあえず女の問題は女たちの間で解決させたい」という腹が見え隠れします。育休や時短は「女の問題」じゃない、「社員全員の問題」なんだ、ということを伝えねばなりません。
先ほど、既得権女子を時代の徒花(あだばな)と呼びましたが、「両立支援」制度もまだまだ過渡期。これからどんどん批判され、改善を加えられていくのです。特に時短勤務制度はあちこちの職場でかなりの軋轢(あつれき)を生んでいるので、ワークシェアリングなどいずれもっと有効な別の制度に取って代わられるかもしれません。
そのためには、これを特定の女性層を憎むような「女の問題」のままにせず、意思決定をする人たちへきちんと窮状を訴えて「男女で共有する労働の問題」にしていく必要があります。だから、椅子を蹴って声を上げていいのです。「時短ママのカバーで、他の社員にしわ寄せがいく制度って、設計に問題ありますよね?」ってね。あなたの抱える憤りを、あなたもみんなも幸せになれる方法へ転換しませんか。
コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。家族の転勤により桜蔭学園中高から大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での生活を経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどで執筆・出演多数。多岐にわたる分野での記事・コラム執筆を続けている。子どもは20歳の長女、11歳の長男の2人。著書に「女子の生き様は顔に出る」(プレジデント社)
[nikkei WOMAN Online 2017年11月10日付記事を再構成]
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