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カリスマの直言

何のための内部留保か 活用論の落とし穴(安東泰志) ニューホライズンキャピタル会長

2017/12/11

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「内部留保は賃上げにしろ、設備投資にしろ、あるいは配当にしろ、あくまでも企業価値を上げることに使われなければならない」

先の衆院選では企業の「内部留保」に対する課税が政財界で話題になった。希望の党が公約に掲げたことがきっかけだが、かねて共産党が主張していたものであり、近年は自民党でも議論される機会が増えていた。

麻生太郎財務相は選挙期間中の10月20日の閣議後の記者会見で、内部留保課税について「二重課税になるので難しい」と否定しつつも、「そのお金が設備投資や賃金に回るよう考えていく必要がある」とも述べた。

そもそも内部留保とは何なのか。内部留保は会計上の概念であり、定義は複数あるが、ここでは企業が長年にわたって利益を累積した「利益剰余金」のこととする。グラフの通り、日本企業の内部留保は2017年4~6月期で約388兆円となっており、前年同期より約20兆円も増えている。確かに巨額だ。

■内部留保は株主に帰属するもの

ただし、誤解している人もいるかもしれないが、内部留保があるからといって企業がその全額を使えるわけではない。利益剰余金は企業が持つ現金そのものではない。多くは事業に投資され、生産設備などになっている。内部留保は現金・預金と一致しているとは限らないのだ。

事実、企業の現預金は約191兆円と内部留保のおおむね半分でしかない。企業が実際に使えるお金は、内部留保ほど多くはないのだ。だが、現預金は借り入れによって増やせる。借金を増やして現預金を積み増せば、内部留保を上回る額のお金を使うことも可能だ。事ほどさように、内部留保と企業が実際に使えるお金の関係は一致しない。

ところで、麻生氏のように政府・与党は積み上がる内部留保を賃上げや設備投資に活用するよう、ことあるごとに産業界に促している。しかしながら、そもそも内部留保は株主に帰属するものである。本来は配当や自社株買いで株主に還元するのが基本でなければならないはずだ。

内部留保を賃上げや仕入れ品の値上げなどの形で社員や取引先に配分する際は、経営者はまず株主に説明して納得してもらう必要があるだろう。内部留保の使途を経営者が政府の圧力で恣意的に決めていいわけがない。あくまでも、それが帰属する株主の利益に適合したものでなければならないのだ。内部留保を巡る議論における最大の誤解はこの点にある、と筆者は判断している。

希望の党の小池百合子代表(当時)は10月13日、日本経済新聞のインタビューで、内部留保の活用について「配当や給与の形で社会に還元させることが最大の狙いだ」と説明。内部留保を動かす方策として課税には「こだわらない」と語った。その上で東京証券取引所などが導入し、企業とステークホルダー(利害関係者)との対話を重視したコーポレートガバナンス・コード(企業の統治指針)を例示して「これに従って投資家や株主、従業員との対話を促す」と述べた。

■一番大切なのは株主と経営者の対話

コーポレートガバナンス・コードは、いうまでもなく株主の権利を重視して株主の利益に沿った経営の実現が目的である。しかしながら、配当増や自社株買いなどの資本効率の改善だけでなく、従業員の権利や立場を尊重するように求めており、これを深化させることで株主だけでなく社員をも含めた総合的な企業価値の向上につながると考える。内部留保はそのための原資として活用されるべきなのだ。

つまり、一番大切なのは株主と経営者との建設的な対話だ。その意味で小池氏の指摘は的を射ている。株主である機関投資家の多くも、金融庁のスチュワードシップ・コード(機関投資家の行動規範)に沿って経営者との建設的な対話を求めている。

こうした対話を通じて、内部留保は賃上げにしろ、設備投資にしろ、あるいは配当にしろ、あくまでも企業価値を上げることに使われなければならない。今の議論にはこうした視点が欠けているのではないか。企業の内部留保を目の敵にする論調も存在するが、まず内部留保を減らすことありきで政策を考えることほど、愚かなことはない。

安東泰志
1981年に三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、88年より、東京三菱銀行ロンドン支店にて、非日系企業ファイナンス担当ヘッド。2002年フェニックス・キャピタル(現ニューホライズンキャピタル)を創業。三菱自動車など約90社の再生案件を手掛ける。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。

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