愛媛のカツ丼、ソースに存在感 カツライスにも地元色
カツ丼礼賛(10)
四国にカツ丼のイメージはあまりない方が多いだろうが、4県の中では愛媛がかなり面白い。以前、岡山のデミカツ丼と加古川のかつめしをデミ系ソースのカツ丼として紹介したが、愛媛県、特に今治市はデミ系ソースのメニューがかなり幅を利かせている。
今治市でも普通にカツ丼といえば、玉子とじのほうが一般的なのだが、カツライスというと、ちょっとイメージと違うものが出てくる。関東出身の私にとっては、カツライスという語感からは、とんかつ定食とあまり変わらないものが出てくると思っていた。ところが今治では全く違うのだ。
老舗洋食店の「ハンター」は昭和46年創業。料理が来た瞬間「あれ、カツカレー頼んでないけど……」と思うほどのソースの量に驚く。関西のカツにはたっぷりのソースがかかることはあるが、関東ではカツに大量のソースがかかるケースはほとんど見ない。
このスタイルのカツライスの発祥は、現在は閉店した「グリルタイガー」というお店だ。「ハンター」は「グリルタイガー」出身で、タイガーを超えようと名前を付けたとは、ある地元の方の話。その話を確認したわけではないので、真偽の程は定かではないが、現在の「ハンター」が、市民に愛されていた「グリルタイガー」に勝るとも劣らない地元の人気店であることは間違いないだろう。
少数派ではあるが、カツ丼もデミ系ソースのカツ丼を出す店がある。こちらも地元の人気洋食系食堂の「お食事処たつ」だ。昭和51年創業。ご飯に半熟玉子が敷かれその上にカツ、デミソースがたっぷりかかる。カツは厚く、しかし柔らか。
最初は玉子があることに気が付かなかったが、食べ始めてすぐに気づく。とんかつとごはんの熱で少しずつ固まるが、全体の印象は半熟玉子オムライスのどんぶり版といったところ。ご飯に玉子とカツが別々にのるのは、デミ系ソースに限らず、知る限りこちらのカツ丼だけ。唯一無二のカツ丼だ。
ちなみに今治のカツライスは基本オンザライスで提供されるが「たつ」にあるカツライスはセパレートタイプでご飯と別で出される。今治ではむしろ珍しい。その上カツ系メニューが豊富。カツラーメンもあり、さらにデカ盛りのジャンボカツ丼やジャンボカツ定食などもあり、味だけではなく、話題豊富な名店といえる。
県庁所在地松山市の南に位置する八幡浜にも、ユニークなカツ丼がある。八幡浜は西日本有数の八幡浜港を擁し、かつては九州や関西との交易も盛んで伊予の大阪などと称されたのだとか。八幡浜には八幡浜ちゃんぽんという、ご当地グルメがあり、私も以前食べに行ったことがある。
「ちゃんぽん亭イーグル」は八幡浜ちゃんぽんでも有名な地元の老舗人気店。昭和37年創業で、カツ丼は創業当時から提供されている。以前八幡浜ちゃんぽんを食べに行ったときにはこのカツ丼の存在に気付かなかったのだが、このカツ丼も実に個性的だ。
カツの上に玉子とじがのり、全体の半分にデミソースがかかる。デミ系ソースは和風だしなどでアレンジされていることが多いが、初代はもともと洋食のシェフだったため、こちらのデミソースは本格派。
このカツ丼のスタイルは「ちゃんぽん亭イーグル」のオリジナルで、地域に広がらなかったのはソースをまねるのが難しかったためではないだろうか。玉子はカツオと昆布だしに薄口しょうゆという黄色の鮮やかな関西風。ソースも玉子とじもそのまま食べてもしっかりうまい。
デミ系ソースと玉子とじというスタイルではなく、ソースと玉子とじというスタイルもこのあたりから南に存在している。西予市宇和町の「みのり食堂」のカツ丼は玉子とじカツ丼なのだが、具としては一般的なタマネギに加え、めったに見ないキャベツがとじられている。そしてそこにかかるのはケチャップソース。
薄めのカツとの絶妙なバランスがある。創業60年以上の食堂で出されるカツ丼だが、地元出身者がブログでソウルフードと書いているのを見つけた。出身地域の外でカツ丼を食べたら、「なんか違う……」と感じるであろう実にユニークなカツ丼だ。
まったく違うタイプのカツ丼が食べられるのが明治25年創業の伊予市「濱田屋」だ。愛媛ではデミ系ソースからソース文化がちらほら見受けられるが、こちらはしょうゆベース。カツ丼は昭和30年前後から出されている。
現在の店主は6代目だが、4代目のご主人が、当時カツ丼を知ったもののどういう料理かわからず、天丼は天ぷらがのっているものだから、カツ丼も同様に考え、うどんつゆのカツ丼を考案したのだとか。現在のカツ丼は玉子をのせるかのせないかを選べるようになっているが、玉子をのせるスタイルは先代の頃からではないかとのこと。
たれは全体的には甘辛く味は濃いめで、地元のしょうゆをブレンドしており、そのままでもご飯にあう完成度。のせる玉子はタマネギをとじており、うどんのだしのやさしい味わい。現在のお店は昭和初期の建築とのこと。かなり良い風情の店構えだ。
しょうゆ系でビジュアル的にもかなり個性的なのが西条市の「ごかく」。大きなのりがご飯に敷かれ、カツ、玉子とじの上にたっぷりの青のりがかかる。肉は柔らかく、衣厚めで濃い目の味付けのタレは甘辛い。
現在はカツ丼とうどんがメニューにあるが、歴史を感じさせる看板には、うな丼・唐揚とある。カツ丼のたれが、うな丼のたれをベースにしているお店を知っているが、こちらの甘辛いたれも、うな丼のたれがベースにあるのかなと思わされる。
この味も地元高校生のソウルフードといわれている様子。メニューには"カツ丼市場"という表記があり、カツ丼のバリエーションは豊富だ。玉子やカツのダブルやチーズやキムチトッピングというユニークなものまである。創業年は未確認だが、老舗でありながらいろいろとチャレンジしてきたということが伺える。
同じ西条市には、ちょっと変わったソースカツ丼がある。昭和50年創業の「福美食堂」のソースカツ丼は、ソースをだしで割ったもので、キャベツと青ネギと共にカツを煮ている。割とあっさりした味わいで、玉子とじのノーマルなカツ丼とは別に、数年前からメニューに加えたのだとか。
煮込みソースカツ丼といえば、ソースそのもので煮るケース、ソース味の玉子とじにするケースなどこれまで見てきたが、野菜と一緒に煮こむカツ丼というのは見たことがない。新たなメニューに加えたときは、特に理由があったというよりはひらめいた、といった感じのようだ。メニューとして定着しているのは、このスタイルも地元に受け入れられているということだろう。
理由はよくわからないが、四国の中でも際立った個性派カツ丼の多い愛媛県。香川にはカツ丼と言ったらカツカレー丼の形で出てくる老舗があったり、徳島にはなぜかカツピラフが点在していたりする。高知には味噌カツラーメンがソウルフード的に存在しており、しょうゆラーメンや塩ラーメンなどにもカツがのる店がある。機会があればこちらも紹介してみたい。
(一般社団法人日本食文化観光推進機構 俵慎一)
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