釣り上げる屋根は6千トン オリパラ競泳会場に新工法地上で組み立てるので安全、32本のジャッキが「さお」代わり

オリンピックアクアティクスセンターの現場では、屋根を支える鉄骨柱の施工が始まっている
オリンピックアクアティクスセンターの現場では、屋根を支える鉄骨柱の施工が始まっている

週末になるとバーベキューを楽しむ人たちが集まる辰巳の森海浜公園(東京・江東)。この一角で2020年の東京五輪・パラリンピックの水泳競技会場となる「オリンピックアクアティクスセンター」の工事が進んでいる。担当しているのは大林組を筆頭とする共同企業体(JV)。東京スカイツリー(東京・墨田)で用いられた工法がここでも活躍している。

7基の大型クレーンが腕で鋼材をつり上げる。横では鉄骨でできた4本の柱が土台の上に姿を現し始めている。柱は一辺の長さが5メートルの四角柱で完成すれば高さは約33メートルになる。そのそばで進んでいるのが屋根の組み立て作業だ。「架台」と呼ばれる高さ5メートルの台の上で、鉄骨で三角形を何個もつくり、それらを組み合わせて屋根にする。

屋根をつくるのは柱を立てた後ではないのか――。そんな疑問にJVの杉本直樹所長は答える。「ここではリフトアップ工法を使いますから」

リフトアップ工法とは地上でつくった屋根を引き上げるやり方だ。柱のてっぺんに「油圧ジャッキ」と呼ばれる機器を1つの柱に8台ずつ設置する。ここから鋼鉄製のワイヤを下におろして架台の上にある完成済みの屋根につなげ、ワイヤを巻いて引き上げる。スカイツリーの地上500メートルより上の部分をつくるのにも用いられた。

釣りで例えれば、屋根が「魚」、油圧ジャッキが「釣りざお」、ワイヤが「釣り糸」にあたる。釣りと異なるのは、1匹の魚を32本の釣りざおが同時に引き揚げようとしている点だ。

釣りざお(油圧ジャッキ)が32本も必要なのは魚(屋根)が巨大だからだ。屋根の広さは約1万9500平方メートルで総重量は約6千トンに及ぶ。

4本の柱が約33メートルの高さまで伸び、リフトアップが本格的に始まるのは18年春の予定だ。大きな魚を釣り上げるときと同じように、屋根も3回にわけて引き上げる。

18年春に行われる第1リフトアップでは、架台から約2メートル持ち上げる。このときに雨水を流す樋(とい)などを付けて屋根を完全な姿にする。

リフトアップ後に屋根が自重でたわみ、平たくなる計算で屋根を架台の上で組み立てている。「見た目は3回のうちで最も地味だが、計算通りに行くか最も緊張する」(杉本所長)という。

第2リフトアップは18年夏ごろの予定だ。第1リフトアップの位置から約5メートル引き上げる。天井部分に大型ディスプレーを取り付ける。

その約2週間後に第3リフトアップを行い、設計で定めた位置まで屋根を上げる。余計な荷重がかからないようにするため、2日間かけてゆっくりと引き上げる。

リフトアップのメリットの1つは高所での作業が減ること。「作業員が危険にさらされる心配が減る。作業効率もよくなる」(杉本所長)

工期が短くなる効果も期待できる。リフトアップは、仮設の足場を組んで高い位置で屋根を組み立てるよりも工期が短くなる。足場の組み立てや撤去にかかる時間を省けるからだ。

屋根を先にかければ、その後の作業が天候に左右されずにすむ。観客席やプールの工事が始まるのは、第3リフトアップが終わった18年9月ごろになる見通しだ。

小池百合子東京都知事が経費節減のため、五輪施設の見直しを表明した結果、アクアティクスセンターも16年12月に設計変更を余儀なくされた。座席数は当初案から5千席少ない1万5千席になった。オリンピックとパラリンピックが終わった後に施設の規模を縮小する予定だったが、それも行わないことになった。

アクアティクスセンターについては施工だけでなく、実施設計も大林組のJVが担っており「ある程度は柔軟に対応できている」(杉本所長)。鉄骨をはじめとする資材の発注に影響は出なかったという。

アクアティクスセンターの工事現場のもう1つの特徴は、3次元の設計技術、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の活用だ。設計者と施工者がBIMで作成したモデルを共有し、施工手順に配慮しながら設計変更の作業を進めている。「BIMのモデルで最終的な出来形を想像できれば、危険予知などでも有効だと思う」(菅原太副所長)

設計情報を更新したときに施工時にどのような問題が起きそうなのか、どのような手をうつべきなのか。平面の設計図では、わかりにくいことでも、3次元画像を使えば直感的に伝わる。コスト管理や工程管理にも良い影響があると見込む。

現在、約300人が働いている現場だが、最盛期には約1千人が従事する見込みだ。アクアティクスセンターでBIMなどで培った事前シミュレーションの精度を高めることができれば、さらなる省力化工法にも結びつけられる見通しだ。

地上4階、地下1階のアクアティクスセンターの工期は16年10月から19年12月まで。17年4月までは準備期間で液状化対策工事などをした。4月から8月までは地下の作業環境を安全にするための山留め工事や杭(くい)工事が行われ、8月以降は掘削工事や構造物をつくる躯(く)体工事が進んでいる。

建設現場の仮囲いは低く、近くを通るJR京葉線の車窓からリフトアップの様子を見ることができるかもしれない。設計変更後の完成予想イラストは公開されておらず、定点観測できれば、どんな姿になるのかを想像する楽しみを味わえる。

(岩野孝祐)

[日経産業新聞2017年11月28日付]