STORY 積水ハウス vol.12

働きやすい職場づくり目指す開拓者

積水ハウス 沼津支店 設計課 設計長
伊藤 英子さん

女性を対象とした管理職候補者研修に1期生として参加し、全国に2人いる女性設計長の1人として沼津支店(静岡県沼津市)の設計課を束ねる。積水ハウスの伊藤英子さん(46)は女性社員の開拓者としてキャリアを重ねてきた。野心的に立ち回ったのではない。笑顔を絶やさず、周囲を気遣う姿勢に対し、上司、同僚、そして部下からの支持が自然と集まっていったのだ。優しきリーダーは今、誰もが働きやすい職場をつくりあげようと図面を描く。

一緒に歩調合わせ進むリーダー

「打ち合わせは順調に進んでいる?」「お子さんの体調、もう大丈夫なの?」。沼津支店の設計課をのぞくと、メンバーに声をかける伊藤さんの姿が目にとまる。設計長に就いて1年余り。ささいなことでもにこやかに話を持ちかけ、コミュニケーションをとる彼女に導かれ、職場は常に明るい雰囲気に包まれている。

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伊藤英子さん(右)はいつもにこやかにメンバーに声をかける

声かけだけではない。「子どもの発熱で急に休みをとりますとメールで連絡しても、『分かりました』の後に『早くよくなるといいですね』というメッセージを返信してもらえる」。1歳4カ月の子どもを育てながら、仕事に取り組む増田朋美さん(32)はほほ笑む。「一言添えられるだけで、本当に安心できます」

「先頭に立ってぐいぐい引っ張っていくタイプじゃない。がんばろうと声をかけながら一緒に歩調を合わせて進んでいければ」。自らのリーダーとしてのスタイルをこうみる伊藤さんは、何より働きやすい職場づくりに心を砕く。「課のメンバーは誰もがんばっている」。だからこそ、環境を整えるのが自らの役割と強調する。

小さい頃は9人家族で自分の部屋を持てなかった。こんな家がいいな。そう思い浮かべていた少女時代から、伊藤さんは住宅への興味を膨らませた。大学では住居学を専攻し、奈良で過ごしていた2回生の時、積水ハウスと出会う。

授業で訪れたのは、大阪、京都、奈良にまたがる「けいはんな学研都市」に生まれたばかりの同社総合住宅研究所(京都府木津川市)だった。研究所内の一般の人も見学できる「納得工房」では来場者の案内役となるアルバイトを募集しており、同級生と一緒に応募することに。働くうちに、誰もがいつでも快適に過ごせる「生涯住宅」を提供するという思想に共感した。「入社したい」と伝えたのは自然な流れだった。

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自宅をつくる希望に満ちた時間を共有できる幸せも感じる

実家に近い沼津支店に配属され、住宅の設計担当として一歩を踏み出したのが1993年。最初の2年は依頼があった物件の見積もりを出したり、先輩たちが描いたプランをCAD(コンピューターによる設計)に入力したりしていた。1年目の夏に担当物件を持つ同期男性に比べ、補助的な役回り。現場研修も対象外だった。女性活躍推進で先端を走る住宅メーカーも、4半世紀前はまだ試行錯誤していた。「今では非常に勉強になった期間だったと思えるが、当時は区別されているなと感じた」と振り返る。

3年目で同期男性と同じラインに立つと、待ち望んだ依頼主との家づくりにまい進した。「向かいに息子が家を建てることになったので、あなたにお願いしたい」。以前設計を手がけた施主からこう話を持ちかけられたこともある。親子2代の向かい合う2軒。「お2人は考え方も趣味も異なり、完成した家はまったく違う趣になった」そうだ。

敷地の形状、家族構成、価値観。100人の施主がいれば、100通りの希望がある。「同じ家は一つもなく、ご家庭にふさわしい形をつくりあげるのは面白い。担当した物件がずっと残っていることもうれしくて」。自宅をつくるという希望に満ちた時間も共有できる。設計は魅力があふれ、「すごく幸せな仕事」と実感した。

経営課題見つけ、改善策を提案

家事動線を重視した間取りをはじめ、主婦としての目線を生かした図面には自信を持つ。結婚を機に18年前に自宅を設計し、建設。その経験を踏まえ、見た目だけに捉われず、長くきれいに住むためのメンテナンスのポイントも的確にアドバイスできる。設計者としてさらなる高みを目指したい。そう考えていた2012年、大きく環境が変わった。静岡、長野、新潟の3県を統括する中部第二営業本部にあるCADセンターへの異動。各支店から集まった図面をCADに入力する部隊だった。

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子育て中の増田朋美さん(右)にとって伊藤さんは頼れる上司

コンピューターに入力された図面をチェックしながら、時に自らも入力する。新たな職場に少し戸惑いつつ、一抹の寂しさを味わった。「自分の物件ができないということが、すごく残念で」。今は充実した時間だったと思う。これまでに手がけた鉄骨住宅・アパートだけでなく、木造住宅や介護施設の図面にも多く向き合った。エリア内の支店の設計担当とはやりとり、調整を繰り返した。「様々なことを勉強する機会に恵まれた」

新たな部署ではもうひとつ、今につながる貴重な機会に恵まれた。社内の管理職候補者研修「積水ハウス ウィメンズ カレッジ」への参加だ。

女性のキャリア促進と管理職への登用拡大を目指して14年にスタートしたウィメンズ カレッジ。2年にわたるプログラムが組まれ、1年目はマネジメントの本質を学び、2年目では現場の上司とともに実際の課題解決に挑む。最後には経営陣を前にしたプレゼンテーションが待ち構える。

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ウィメンズ カレッジでは多くの学びを得た(左が伊藤さん、2014年)

第1期生への選出は「全国から管理職候補の女性が推薦される中で、たまたま営業本部内には該当者が私しかいなかっただけ」と謙遜しつつ、初の研修であり、何をするのか分からないうえ、経営陣を前にした発表も用意されていると聞き「不安が大きかった」と打ち明ける。いざ始まってみると、予想以上にハードな日々。日々の仕事を続けつつ、研修前には課題が与えられ、終わると次の課題が待ち構える。読まなければいけない書籍も多い。あっという間に1年が過ぎた。

15年には、沼津支店に戻る辞令が下る。経営課題と解決策の提案は沼津支店が舞台となった。

中部第二営業本部長などへ経営方針を聞き取ったのち、支店長や設計長らと支店の課題を探った。当時、支店では設計担当の残業が増えていた。効率化できる業務の洗い出し、改善策の立案と実践。後半の1年の始まりだった。今でも「1週間前からドキドキだった」と話すのが、阿部俊則社長を前にしたプレゼンテーション。設計担当の業務の洗い出しと課題、改善点を報告すると「契約前の業務時間の割合はこのぐらいだったんだね」。細かな点も漏らさず、熱心に聴いてもらえたという喜びが湧いてきた瞬間だった。

すべての支店に女性技術者を

1期生としての2年間で得たことはあまたある。全国にいる同世代の女性技術者と一緒に課題に取り組む過程で絆は深まり、よき同志として今でも相談を持ちかける。

無駄なく効率的に仕事を進めるにはどうすべきか、常に意識するようになったことも大きな変化と自己分析する。そして、リーダーシップも芽生えた。「組織を変えるために、自分から問題点と改善策を発信する大切さを認識した」

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設計課から様々な声が上がるようになった」と田村泰樹支店長

プレゼンテーションから4カ月後の16年8月、伊藤さんは設計長に就く。白羽の矢を立てた田村泰樹・沼津支店長(47)は「設計課の若いメンバーから厚い信頼を寄せられていることが最大のポイントだった」と抜てき理由を説明する。

設計長という役職になっても、持ち前の明るさは変わらず、新体制の設計課では議論が活発になっていった。もちろん、悩みはあった。「業務範囲が広く、仕事をしながら覚えるしかなかった」(伊藤さん)。ただ、顔には出さず、積極的に声をかけた。伝える際の言葉遣い、表現方法には細心の注意を払った。「私の言い回しで、がんばろうと思うのか、会社にやらされていると感じるのか、メンバーの士気が大きく変わってくる」ためだ。

「設計長を通じて、多様な声が上がるようになってきた」と田村支店長。沼津支店では今年8月、仕事のやり方を大きく変え、組織を見直した。異論も出る中で、「自分で考えながら、設計課としての意見をまとめて提案してもらえた」。2人でたまには激しく議論することもあるそうだが、「これこそ求めていたこと」と手ごたえを力説する。

現職に就くまで、伊藤さんは業務が煩雑で、責任も重い設計長にはなりたくないと思っていた。ウィメンズ カレッジで席を並べた女性たちからも、同じ言葉が出た。だからこそ、楽しそうに仕事に打ち込めるポジションだとイメージを変えたいという。「設計長も悪くない、やりたいなと言ってもらえれば」。増田さんはそんな彼女の背中を見る一人だ。「いつも笑顔で、自分の感情をあらわにしない。英子さんは同性のお手本」と力を込める。

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設計長のイメージを変えたいと力を込める

伊藤さんは女性がさらに社内全体に増えることも願う。すべての支店に女性の技術者、設計担当が複数いる体制が整うように、と。「育児、家事も見据えて、女性の設計者をと依頼されるお客様も多い。そのニーズに応えられる」。ウィメンズ カレッジで培った広い視野が顔を出した瞬間だった。

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