「食べてないのに太る」はウソ 1~2割は忘れている
データで見る栄養学(5)
「そんなに食べていないのに太る」という声をよく聞く。「体質のせい?」と思いがちだが、それにはカラクリがある、と言うのは東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野教授の佐々木敏さんだ。私たちが太ってしまう理由や有効なダイエット法について、栄養疫学の視点から語ってもらった。
料理のカロリーは推定しにくい
編集部:体重が増えるのは、摂取エネルギーが消費エネルギーを超えるからですよね。でも、私は普段、何キロカロリー摂取していて、何キロカロリー消費しているか、よく分かりません。エネルギー(カロリー)計算をしたほうがいいでしょうか?
佐々木:摂取エネルギーの計算をする必要はあまりないと思います。なぜなら、摂取エネルギーを正確に把握することはできないからです。
編集部:え? 食べたものを記録して、使われている材料の重さからエネルギー量を計算して、合計すればいいんですよね。面倒ですが、頑張ればできるかも……。
佐々木:外食を記録するとき、その場で料理を食材にバラして、1つずつ別々にはかりに載せるわけにはいきませんよね。目についた材料の名前をメモしておくのが精一杯でしょう。重さは後から想像するしかありませんよね。
編集部:確かに。使われている材料が何gだったかを想像するのは難しそうです。
佐々木:「人間が食べたものをどのように思い出すのか」に関する面白い研究が米国にあります[注1]。大手ファストフード店で、食事が終わったばかりの人をつかまえて、「あなたが注文したものは何キロカロリーあったと思いますか?」と尋ね、同時に、トレイに残っているパッケージや包装紙から注文した品を調べたのです。注文したメニューのエネルギー量と、本人が推定したエネルギー量を比べたのが図1です。
編集部:多くの人が、実際のエネルギー量よりも少なく見積もっていたのですね。
佐々木:エネルギー量の多いメニューを注文した人ほど、本当の値よりも少なく見積もっていた、という点にも注目したいところです。こういったことが起こる根底には、大きさや重さに対する見積もりの誤りがあります。
人は都合の悪いものは記憶から除外する
佐々木:「人間は食べたものを忘れる」という研究もあります[注2]。フィンランドの地域リハビリセンターに入所していた15歳から57歳の人、140人の食事を1日観察し、翌日に、昨日何を食べたかを尋ねた調査です。一定量(20g)以上食べられていた食品について、実際の重量と思い出した重量との違いを表したところ、図2のようになりました。
編集部:ジャガイモやかゆなどは実際より多く思い出されていますが、ケーキ・ビスケットや料理した野菜は、実際より少なく思い出されていますね。
[注1]Wansink B, et al. Meal size,not body size,explains errors in estimating the calorie content of meals. Ann lntern Med 2006; 145:326-32.
[注2]Karvetti RL, et al.Validity of the 24-hour dietary recall. J Am Diet Assoc 1985;85:1437-42.
佐々木:人間には「認知バイアス」というものがかかっていて、都合の悪い情報を取り入れず、都合のいい情報を取り入れるようになっています。この場合、ケーキ・ビスケットなどの間食は「食べるとまずい」という認識があるため、無意識のうちに少なく見積もったのだと考えられます。
編集部:料理した野菜というのは?
佐々木:ハンバーグに入っている玉ねぎのように、料理の中に入っている野菜のことでしょう。これらはメインとなる肉や魚の影に隠れてしまい、記憶に残りにくいのだと思います。
編集部:特に、料理をしない人には分からないかもしれませんね。実際より多く思い出されているのは、ジャガイモやかゆですが、日本人で調査をしたら、ご飯になるのでしょうか?
佐々木:僕はそう見ています。
女性や太めの人は食べたものを過小申告する
編集部:食べたものを写真に撮って記録したらどうですか?
佐々木:僕はあまりお勧めしません。なぜなら、食べたものを全て記録できるとは限らないからです。テーブルにきれいに並んだ料理は撮るでしょうが、おかわりや食べ残しは撮らないでしょう? また、間食のあめやスナック菓子、飲み物なども忘れがちです。そもそも、何かをしながらこれらを食べるときは、スマホを持つ手は空いていないですからね。
編集部:そうですね。案外、無意識に食べているかもしれません。完璧に記録するって難しいのですね。
佐々木:50歳から76歳の日本人96人に、16日間食事記録をつけてもらった研究もあります[注3]。できるだけ丁寧にはかりで量っていただき、記録された用紙は管理栄養士が細かくチェックし、栄養価を計算しました。一方、性別、年齢、体重から基礎代謝量を推定しました。基礎代謝量とはじっとしているときに消費するエネルギー量のことです。
普通の生活をしている人では、基礎代謝の1.75倍程度が1日の全エネルギー消費量、つまり、必要エネルギー量に近いと考えられています。したがって、食事記録で得られたエネルギー摂取量を基礎代謝量で割り、その数字が1.75よりもかなり低いと「過小申告あり」と判断されます。結果が図3です。
佐々木:食事が正しく記録されていれば、1.75付近になるはずですが、女性は全ての体格で少なく申告していたのです! 食事の記録に「抜け」があった、つまり「忘れてしまっていた」ということです。そして、太りぎみの人ではその程度が大きくなっています。
編集部:男性も、太りぎみの人ほど少なく申告する度合いが大きいですね。
佐々木:「太めの人は自分が食べているものを少なく考えている」というのは、実は、世界中で観察されている普遍的な事実です。
編集部:「そんなに食べていないのに太る」と思っている人は、食べていないのではなくて、食べたことを忘れているのですね。人はどれくらい食べたものを忘れてしまうのですか?
[注3]Okubo H, et al. The influence of age and body mass index on relative accuracy of energy intake among Japanese adults. Public Health Nutr. 2006;9:651-7.
佐々木:図1から計算すると、7%から19%となります。人は食べたものを1~2割くらい忘れてしまっていて、太めの人ではさらに甚だしいということになります。
「多めに食べて忘れる」が人間の基本設定
編集部:なぜ、私たちはこんなにも食べたものを忘れてしまうのでしょうか?
佐々木:それは、食べるということは人間の根源に関わることだからです。私たちは生きていくために、目の前に食べ物があったら自然に口に入れるようにできています。「意図せずに」食べるようになっているのです。
編集部:それはなぜですか?
佐々木:人間が進化する途中で、エネルギーをとり過ぎて困るという現象はほとんどありませんでした。人間の頭脳は飢餓に対する注意信号は出しますが、食べ過ぎに対する注意信号を出す必要はなかったのです。多めに食べて、食べたことを忘れるほうが生き残れます。
編集部:なるほど。人間は「多めに食べて忘れる」というのが基本設定なのですね。では、やせたい人はどうすればいいとお考えですか?
佐々木:1食に何キロカロリー食べたらいいかを考えるのではなく、目の前の選択肢の中から、常にエネルギー量が少ないほうを選んで食べることです。例えば、ケーキAは300キロカロリー、ケーキBは200キロカロリーだったら、ケーキBを選ぶということ。
編集部:食べたものを全部把握することはできなくても、食べるときに選ぶことならできそうです。
佐々木:さらにお勧めなのは、見た目が大きくてエネルギー量が少ないものを選ぶことです。例えば、野菜がたくさん入っているもの。野菜は低エネルギーでカサが増えますから、腹持ちがよくなり、間食を防ぐことができます。「見た目が大きいものを食べると食べた気になる」という研究もあります。また、どんぶりやワンプレートディッシュよりも、小皿や小鉢をたくさん使った料理のほうがお勧めです。茶碗にご飯を盛るときは、ギュッと詰め込まず、ふわっとさせて大きく見せるといいでしょう。
編集部:どれくらい続ければやせますか?
佐々木:肥満の人が減量のために行動を改善する研究によると、だいたい4カ月くらい必要です。
編集部:体重を測定することは重要ですか?
佐々木:重要です。食べる量が適切であったかどうかは体重に反映されますから、体重は毎日量りましょう。1カ月に1kgくらい減るのが理想的です。
食べることを好きになろう
編集部:先ほど、太っている人ほど食べたものを少なく考えがち、というお話が出ましたが、それはどうしてですか?
佐々木:自分が何を食べているのかを気にしていない可能性があります。早食いだったり、スマートフォンを操作しながらの食事だったり、パワーランチ(昼食をとりながらの会議)だったり。これらは食事に集中していませんよね。
編集部:食べることに興味がない人も、自分が何を食べているのかをあまり気にしませんね。
佐々木:この料理には何が入っているのかな? この味は何かな? と考えていたら早食いはできません。「そんなに食べていないのに太る」と感じている人は、ゆっくり味わって食べてみてはいかがでしょうか。食べることに集中したり、食べることを好きになるといいと思います。
編集部:料理をするのもよさそうですね。
佐々木:そうですね。我々は、食べたものを1~2割忘れる生き物だということを踏まえて、食事を見直してみてはいかがでしょうか。
【データで見る栄養学】
第4回 「理想的なBMIは22」は本当? 死亡率と微妙なズレ
東京大学大学院医学系研究科 社会予防疫学分野教授。医学博士。1994年、大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了、ルーベン大学大学院医学研究科博士課程修了(ベルギー)。2007年より現職。早くからEBN(evidence-based-nutrition:根拠に基づく栄養学)に注目し、日本初の食事摂取基準の策定に貢献。日本の栄養疫学研究の中心的存在。近著は『佐々木敏の栄養データはこう読む! 疫学研究から読み解くぶれない食べ方』(女子栄養大学出版部)。
(ライター 村山真由美)
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。