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タマネギ、味の名脇役 寒い夜にはオニオングラタンを

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NIKKEI STYLE

木枯らしが吹き始めると、恋しくなるのがオニオングラタンだ。出合いは、中学生のころだった。「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」という本の中にあった、真夜中のオニオングラタンの描写に心をわしづかみにされたのだ。

歌手であった著者が舞台がはねた真夜中に、出演者同士誘い合って街へ繰り出す。ぐつぐつと煮える「タマネギのグラティネ(オニオングラタン)」を、舌をヤケドしそうになりながら堪能するシーンは今思い出してもおなかがグウと鳴る。自分もいつか大人になったなら、必ず真夜中に街へ繰り出そう、そしてオニオングラタンを食べようと固く決意したものだ。

オニオングラタンは、中学生ごろによく読んでいた「聡明(そうめい)な女は料理がうまい」という本にも、印象的な描写とともに書かれていた。おそらく外国人であろう恋人の部屋、冷蔵庫の中は空っぽ。しかしキッチンに転がっていたタマネギひとつ、干からびたパンのかけら、少しのチーズで著者はオニオングラタンを作り、恋人に「すごいなあ、君は魔法使いみたいだ」とたたえられるのだ。これまた田舎の中学生に「ああ、私もいつか恋人ができたら絶対に作ってあげたい!」と妄想させるに十分な情景で、私にとってのオニオングラタンはずっと「大人の夜」の象徴だった。いつかくるその日のために、毎日せっせとタマネギを茶色にいためる練習をしていたものだ。

オニオングラタンが「大人の夜」への憧れなら、大人の入り口で出合ってハマったのがオニオンリングだ。

実家を出て都会で一人暮らしを始めたときの、あの「食べるものがみんな目新しくてステキ」な感覚を覚えているだろうか。居酒屋で、カフェで、ビストロで、いやいやファストフードでも。家では絶対出てこない料理や、実家のあるまちでは絶対食べられない料理に、若いおなかは歓喜したものだ。私にとってオニオンリングもそのひとつ。さんざん食べ飽きているはずなのに、タマネギだけでこんなにおいしくなるのが不思議で、せっせと食べ歩いたものだ。

ビアホールでもダイナーでも、メニューにあれば必ず食べていた。おいしいオニオンリングがあるからまた来年も行こう、と思えるイベントもあった。また武道館でライブがあると、帰りは必ず近くのアメリカンな店で食べるのがお決まりだった。「大きな玉ねぎの下で」音楽を堪能したあとは、大きなタマネギフライを堪能する。最高におかしくてハッピーな夜だ。

ところでオニオンリングなんて、どこで食べても同じだと思ってはいないだろうか。とんでもない。店によって、作る人によって、味にもかたちにも大きな違いがある。ふんわりぽってりとしたフリッター状。カリッとクリスピーなパン粉つき。塩コショウがバッチリきいてるもの。タマネギ本来のあまみだけで勝負!の潔いやつ。細く大きなリングもあれば、積み重なってタワーになったものもある。いろいろなタイプのオニオンリングが、今やグルメバーガー店だけでなく、ファストフード店でも気軽に食べられる。うれしい限りである。

さてオニオングラタンもオニオンリングもタマネギが主役の料理だが、ふつうタマネギは料理にこっそり入っている縁の下の力持ちであることが多い。わざわざメニューに表記するまでもないが、その店のほとんどの料理にタマネギが使われていることなど、珍しくもない。

コロッケにオムライス、カレーにシチュー。気軽な洋食でも、高級フレンチやイタリアンでも、タマネギなしですべての料理を作るのは難しい。具材として、またミルポワやソフリットのように下ごしらえの要として、さまざまな料理やソース、ドレッシングなどに使われている。

洋風だけじゃない。どちらかいうと長ネギ派の中華だって、タマネギが世の中になかったら大いに困る。豚まんやシューマイにその食感と甘みは不可欠だし、酢豚やいため物などタマネギ入りの料理も多い。ラーメン店で薬味に刻みタマネギを使うのはもう珍しいものではないし、先日はまるでオニオンスープのようなラーメンもいただいた。

和食はどうか。こちらも大活躍だ。肉じゃがや牛丼は肉のうまみを蓄えたタマネギが陰の主役みたいなもんだし、味噌汁に入れれば相手を選ばない。アジやワカサギの南蛮漬けも、タマネギありきの料理だろう。どんな調味料でも合うし、甘さを生かしてコンフィチュールにだってできる。汎用性の高さはピカイチだ。

しかし一方で、嫌われ野菜の代表みたいなところもある。子供はもちろん大人でも、いまだにタマネギが苦手という人は少なくない。そしてタマネギ嫌いは、好きな人なら「え? 今の料理に入ってた?」と驚くくらいさりげなく入ってる料理でも目ざとく発見し、それを除去することにご執心である。

タマネギ嫌いというと、長年の友人Kを思い出す。彼女は「タマネギ嫌い歴=年齢」と公言してはばからないほど筋金入りのくせに、好きな料理にはことごとくタマネギが入っているという人生なのだ。一緒に外食すると、食べ物をタマネギレスにする長い道のりに苦笑してしまう。

例えばグラタンを頼んだらまず、タマネギを丁寧により分ける作業から入る。パスタを注文したら、伸びるのもかまわず時間をかけて突っつき回し、徹底的にその存在を疑う。牛丼も、肉じゃがも、ポテトサラダも、好きだからと頼んでは、必ずタマネギを避ける作業が最初に行われる。

エビフライやカキフライを外で食べないのも「お店のタルタルソースのタマネギは細かいため、除去しきれないから」というのが理由だ。彼女の自作タルタルはゆで卵とマヨネーズだけで作られ「それってタルタルソースというより卵サラダじゃ...」といった様相なのだ。そこまで嫌うか。

しかしこの数年、なぜかオニオンスライスだけは食べられるようになったというから、本当に「食べ物の好き嫌い」は面白い。他の食材に細かく混ぜてごまかす作戦ではなく、むしろ大きいまま出してみたら「食べられた」という例は、決して少なくないからだ。もういい大人だから無理に好き嫌いを直す必要もないと思うが、タマネギほど出合い率が高い食材だと、嫌いのデメリットが大きいだろう。オニオンスライスから糸口が見つかればいいなと思う。

若いころはうまいこと茶色くいためられなかったタマネギも、今では居眠りしながらでも作れるほど上達した。大人の夜に、恋人にオニオングラタンを作る夢もかなった。そしてわれわれ昭和ミドル世代には憧れだったオニオングラタンは、平成生まれには「ファミレスでよく食べました」だの「子ども時代の懐かしい味」だの、もはや憧れでもハレの食事でもない、日常の食となっている。でもそれでいい。あんなおいしいもの、いつでも食べられる方がずっといいではないか。子どもの夜にだって、オニオングラタンは似合うのだ。

(食ライター じろまるいずみ)

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