全国の「田中宏和」さん、ギネス失敗も同姓同名の絆
編集委員 小林明
2017年10月28日。全国にいる同姓同名の田中宏和(たなか・ひろかず)さんを東京・渋谷に集め、ギネス世界記録(164人)に挑戦しようというイベントが開催されたが、残念ながら87人しか集まらず、世界記録には届かなかった。
「少なくとも100人くらいは集まるのではないかと予想していたが……」。一般社団法人「田中宏和の会」を設立し、全国の同姓同名の仲間と交流を続ける活動に取り組んできた代表理事の田中宏和さん(48、都内の広告代理店勤務)はこう振り返る。
なぜ世界記録が達成できなかったのか? その教訓を今後の活動にどういかすのか? 同姓同名運動のリーダーである田中さんに敗因や今後の抱負について語ってもらった。
台風・ハロウィーン… 漢字認められない誤算も
「大きな誤算がいくつかあった」。田中さんはこう指摘する。
ひとつは天候。長雨が続いていたうえ、台風22号も東京に迫り、遠隔地から来る予定だった全国の田中宏和さんたちの移動の大きな障害になったためだ。さらに当日は土曜日でハロウィーンの仮装をした若者たちが渋谷に集結して大混雑し、イベントをしにくい状況だったという側面も見逃せない。
これに追い打ちをかけたのがギネス本部からの無情な通告だった。
田中さんは当初、「漢字表記(文字表記)による同姓同名の人物」を集めるという定義で世界記録を目指していた。ところが、「Largest gathering of people with the same first and last name」(同姓同名の最大の集まり)についてのガイドラインが10月16日に届いた際、「漢字表記による同姓同名だと国籍等が限られてしまうので、申請は受け付けられない」とはねつけられてしまったのだ。
「こちらの定義が認められないとイベント直前に通告されたのがかなり痛かった。急にそんなことを言われても途中で方針転換はできない……」と田中さんは悔しがる。
結果は予想下回る87人、世界記録はマーサの164人
こうした状況を踏まえ、あまり期待しすぎてもらうのも困るとの判断から「記録樹立の可能性は10%に満たない」などと会員には事前通知していたという。リーダーが弱気になったら、肝心の勝負に勝てるわけがない。イベントを開催した時点で同会の会員は117人だったが、こうした様々な悪条件が重なったため、当日集まったのは予想の100人をはるかに下回る87人にとどまってしまったという。
実は田中さんがギネス世界記録に挑戦するのは初めてではない。2011年に続いて2回目である(2014年9月19日の裏読みWAVE参照)。2011年の挑戦でもギネス本部とのやり取りでかなり振り回されたそうだ。
「50人以上集めれば世界記録として認定できるだろう」。当初、ギネス本部からこう言われていた。挑戦の結果、集まった全国の田中宏和さんは計67人。「やった! これで世界一になったぞ」と皆で喜んで祝杯をあげたが、ギネス本部が再度、調査したところ、カリスマ主婦として知られる米国の女性実業家、マーサ・スチュワートさんが過去に164人集めていたという記録があることが判明(2005年にテレビ番組の企画で実現)。そちらが世界記録に認定され、田中さんの申請が退けられたという苦い経験がある。
「あのときはさすがにガックリきました」と回想する田中さん。1回目に続き、さらに2回目となる今回の挑戦もあえなく失敗に終わってしまったわけだ。
この教訓を踏まえ、同姓同名運動の方針について田中さんは大きな決断をする。
今後は国際基準でも通用するように「必ずしも漢字表記にはこだわらず、『タナカ・ヒロカズ』という読みで同姓同名の人物を集める」と定義を拡大することにしたのだ。3年後の2020年10月31日に再びギネス世界記録に挑戦するという。
同姓同名の定義を拡大、「読み」で2020年ギネス再挑戦
同姓同名の定義を「読み」だけに拡大すれば、ハードルはかなり下がる。たとえば、田中のほか田仲なども「タナカ」だし、宏和のほか広和、浩和、洋和、博和や博一、宏一、裕一、弘一なども「ヒロカズ」になる。田中宏和だけで国内に850人ほどいると推測されているので、定義の拡大で対象となる人数は格段に増えるとみられている。
「参加率を3割程度と見積もれば、ネットワークを550人くらいまで増やさないとダメかもしれない。今後はスタート時点からの田中宏和運動を続けつつ、タナカ・ヒロカズ運動も加えた『二刀流』で活動に取り組みたい。きっとマーサ・スチュワートさんの世界記録を塗り替えることができるはず」。今回の失敗にもめげず、次回の成功につなげたい考えだ。
失敗ばかりではない。うれしい出来事もあった。最年少の会員が新たに加入してくれたからだ。山口県に住む0歳児の田中宏和君。命名した後で同姓同名運動のことを知り、両親の勝宏さん・恵子さん夫妻がぜひ参加したいと申し出てくれた。117人目の「田中宏和の会」のメンバーである。
早速、田中宏和さんは有休を利用して山口県までわざわざ会いに行ったという。「初めて会ったときには強い絆を意識しました。もう、かわいいのなんのって、すごいシンパシーを感じましたよ。『未来の活動は君に任せたぞ』って、思わず心のなかでつぶやいてしまったほどです……」
このほか法曹界初の弁護士の田中宏和さんや社労士、作曲家、ウェブデザイナー、教諭、消防士の田中宏和さんなどメンバーは多士済々。専門分野が広いのでなんでも相談できるし、互いに協力すればなんでも実現できる。10月28日のイベントでは新たに20人の田中宏和さんもメンバーとして加入した(現会員は137人)。同姓同名の仲間は着実に増えている。
「いい遊びをつくったね」と糸井重里さん
天変地異、社会現象、グローバル化……。数々の変化や困難に直面しながらも、田中宏和さんたちは同姓同名の絆で結ばれたチームワークで力強く乗り越えていこうとしているように見える。
「同姓同名運動を続けているのはビジネスのためでも、お金のためでもありません。ただ楽しいからやっています。コピーライターの糸井重里さんからは『いい遊びをつくったね』と言われました。ある種の前衛芸術に取り組んでいるという意識もあります」。田中さんはこう語る。
2011年から2017年まで全国レベルの活動では6年の空白ができてしまったが、ビエンナーレ(2年に1度の美術展)、トリエンナーレ(3年に1度の美術展)という感覚で定期的に交流の機会を持ちたいという。
「次回の2020年10月31日は東京五輪が終わって、ちょうど一息ついた週末の土曜日。あえてハロウィーンの時期にぶつけます。同姓同名運動は同じ名前を身につけることで出会った仲間同士の交流の場とも言える。ハロウィーンパーティーとして一緒に盛り上がりたい」。田中さんはこう夢を膨らませている。
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