写真はイメージ=PIXTA寿命が延びれば延びるほど、退職後の老後の時間は長くなり、必要なお金も増える。そのためには、資産運用だけでなく「生涯現役」の覚悟で働き続けるのも大事なことだ。国際金融小説『マネーロンダリング』などを執筆した作家の橘玲(たちばなあきら)氏は、「資産運用だけで老後は過ごせない。定年後も働き続けることがベストな選択」と話す。
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橘玲さん 1959年生まれ。2002年国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『言ってはいけない 残酷過ぎる真実』(新潮新書)は45万部を超えるベストセラーになり、新書大賞2017にも選出前回お話ししたように、女性の働き方にしても老後にしても、これまで当然とされてきた「専業主婦」や「悠々自適の老後」という価値観は変わっていますし、経済的にも割が合わなくなってきている(前回記事「年収800万円の人生戦略 最適解は共働き(橘玲)」)。この10年でそういう現実みたいなものがようやく見えてきた感があります。一般に保守とみられている安倍政権ですら、女性活躍を叫んでいますしね。
今の日本は欧米で起きていることを10年から20年、後追いしているような状況です。日本の社会はこれから女性や高齢者でも働けるというように急速に変わっていくと思いますし、今はその過渡期にあるのだと思っています。
■本当の格差はこれから始まる
となると、そこに対応できるかどうかで格差が広がっていくはずです。例えば高齢化で言えば、需要と供給の法則からすると今後どんどん増える老人の市場価値は下がり、若者の価値は上がっていきます。となると、たくさんいる老人の一人では大切にされなくなる。超高齢化社会では、しっかり働いて輝いている老人とそうでない人とでは、経済的にも社会的にも大きな格差ができるでしょう。
また、若者の価値が高まると社会が彼らを大事にするようになるはずです。ブラック企業のように安い給料で使い捨てにするのではなく、辞めさせないよう高給で報いることになる。若い人が働くことの価値が高まっている中で、女性だからといって専業主婦になって働かないというコストはどんどん上がっていくのです。
そう考えると、これからは投資して資産運用するという「金融資本」より、長く働いてお金を稼ぐという「人的資本」の方が重要な時代が来つつあるのかもしれません。もちろん投資は重要なのですが、「働く力」という人的資本をどうやって有効に使うのかをもう少し真剣に考えるべきだと思います。会社に入って、40年間働いて退職金をもらって、後の30~40年は何とかなるだろうという甘い時代は終わったのです。
■定年制が一番の問題
働き方のあり方も変わっていくと思います。サラリーマンというのは、60歳で退職金と引き換えに強制解雇され、その後を年金で暮らすという昔のモデルなんです。それは生涯現役で働き続けることを想定していない。サラリーマンという生き方をしている人が、60歳以降も働いてくださいと言われても、どうしていいか分からず困ってしまうのが実状でしょう。
定年制が一番の問題なんです。米国では既に定年制は廃止されています。企業業績が悪化した場合は金銭が支払われて解雇され、年齢などの理由で仕事ができなくなったと見なされた場合は退職金は支払われません。人を性別や人種といった属性で差別するのと同様に、年齢で差別するのも問題だとすれば、こういう制度になるほかないのです。
英国でも同様の流れになっていますし、欧州連合(EU)も定年制廃止に舵を切るかもしれない。年功序列の賃金体系が残る日本でいきなりそれをやったら大混乱に陥るでしょうが、この流れにいつかは日本も巻き込まれ、定年制というシステムは終わるとみています。
■運用だけでは過ごせない
現在の超低金利では、老後働かずに資産運用で暮らしていくのは難しいでしょう。トレーディングだけで生活していける人もいますが、そういう人はたとえ社会性に乏しくても特殊な才能を持っていて、普通の人はまずまねできない。金融機関の一部で高齢者に高リターンをうたって高リスク・高コストの商品を売りつけるのが問題になっていますが、リテラシーも資産もないのに一発逆転を狙って投資に向かうのは彼らの食い物にされるだけです。
冷静に考えると、月10万円で120万円を年間で稼ごうと思うと、元手1000万円として利回り12%で回していけないといけない。しかし、安定して利回り12%を取れる人なんてほとんどいません。働かず投資だけで生きていくのは無理と言っていい。
逆に定年後も仕事を続けて、年収120万円を稼ぐのは難しいことではない。結局基本は、働くという形で人的資本を回した方が、金融資本を回すより利回りが大きくなるわけです。
それでもこれから投資をする意味があるとすれば、それは将来に備えた貯金に近いものです。例えば2018年1月から始まったつみたてNISA(少額投資非課税制度)のようなものです。人間誰でも誘惑に弱いから、お金が手元に入ると使ってしまう。そこで強制的に天引きされてNISAの口座に入れてしまえば、今手元にあるお金で何とかやっていくしかないという気になる。一旦預けちゃったものを取り崩すのは、心理的にハードルが高いですからね。
人的資本を使ってお金を稼ぎ、それをどんどん積み立てて将来に備えるというのが一番いいのだと思います。そのまま貯蓄に回してもいいですが、もし積み立てで運用するなら、低コストの世界株式に投資するETF(上場投資信託)でしょうね。資産は分散すべきですが、働いてもらうお金は基本的に円です。通貨を国際分散するなら、円資産をたくさん持つ必要はない。それなら世界株に投資し、間接的に外貨資産を持つという形がいいのではないでしょうか。
(日経マネー 川路洋助)
[日経マネー2018年1月号の記事を再構成]

著者 :日経マネー編集部
出版 : 日経BP社
価格 : 750円 (税込み)
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