福を呼ぶフグ 寒くなるほどうまくなる 今冬は3割安
冬のごちそうといえば、フグ。あめ色の身を口に入れると、プリッとした強い歯応えに濃厚なうまみ。鍋、刺し身に空揚げと多彩な調理法で大活躍する。これから寒くなるにつれ、白子も大きく育ってくる。旬の白子は中国春秋時代の美女・西施の母乳にも例えられるほどクリーミーで、一度知ったらやみつきになる禁断の味だ。2017年のフグ相場は、養殖が順調で前年より安め。フグの本場、山口県では「福を呼ぶ魚」として親しまれている。
全国唯一のフグの専門市場、下関市南風泊(はえどまり)市場は一年で最も忙しい季節を迎えている。全国から集まったフグがセリにかけられ、生きたままもしくは有毒部位を取り除いた「みがきふぐ」として消費地に出回る。17年の養殖トラフグの卸値は、1キロあたり2500~3千円前後と前年同期と比べ3割安い。最も需要が増える年末に向け「消費が盛り上がってほしい」と下関ふく連盟の見原宏理事長は期待を込める。
「フグは食いたし 命は惜しし」。日本では縄文時代から食べられていた形跡があるが、豊臣秀吉が「フグ食禁止令」を発令した。戦の前に食べて死ぬ武士が続出したためだ。江戸時代になっても武士にはフグ食を禁止する藩が多かった。一般に解禁されたのは129年前。山口県下関市の名店「春帆楼」に初代首相・伊藤博文が滞在した日はあいにくの大しけで良い魚の水揚げがなかった。女将が打ち首覚悟でそれまで庶民にひそかに食されていたフグを出したところ、伊藤は「うまい」と大絶賛。解禁につながった。
フグ料理と聞いて、まず思い浮かぶのは刺し身だろう。美しい皿の絵も楽しめるように、薄く引く店が多い。だが、ただ美しく切るのではなく、フグ本来の食感とうま味を味わえるようにするのが職人の腕の見せどころ。広島県に本店があるフグ専門店、上関芸陽(東京・港)は「フグの香り、うまみ、甘みをじっくり楽しんでほしいから薄さ2ミリ、重さ7グラムと他店より厚めに切る」(塩谷怜史料理長)。うまくないはずがない。ポン酢と紅葉おろしの味の後、ゆっくり、じんわりとフグの甘さが追いかけてくる。余韻も続く。コラーゲンたっぷりの皮は刺し身や煮こごりに、ヒレは軽くあぶってお酒にと、どの部位も余すところなくおいしい料理になる。
なぜ、フグはうまいのか。実は、さばいたばかりのフグは淡泊であまり味がないといわれている。ただし身はうまみ成分であるイノシン酸を多く含んでおり、時間の経過につれて甘みとうまみが増していく。上手な調理人はこの熟成期間の見極めがうまい。下関市のフグ通販大手、モリシゲは鮮度の良いフグを「仕込みから熟成まで、じっくり5日間かけ最高の状態に導いていく」(森繁社長)という。
今年は、サケ、カニ、タラなど冬を代表する魚が不漁で軒並み高い。そんな中、「今冬の主役はフグですよ」(フグ加工大手のふく太郎本部=北九州市)とフグ関係者は張り切っている。ふく太郎本部は鍋や刺し身など定番以外にも、フグの「フィッシュ&チップス」「白子のアヒージョ」などの業務用フグを飲食店やスーパーに提案。今年は業務筋から「昨年の5倍以上の引き合いがある」(古川幸弘社長)。首都圏に約40店舗ある専門店「とらふぐ亭」では今月から、1996年の創業以来、冬の宴会メニューとしては「最も安い」(運営する東京一番フーズの広報)コースの提供を始めた。素材は全て国産トラフグ。前菜、てっちり(鍋)、雑炊などが付き3980円(税抜き)など。同店の来店客は50~60歳代が中心。「新たな客層にどんどん食べてもらいたい」(同)と期待する。
フグは「寒くなるほど身にうまみが満ちてくる」(東京・築地市場、尾坪水産の串田晃一常務)。そのおいしさは横綱級。今年の冬は、フグを食べて福を呼びたい。
(佐々木たくみ)
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