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ヴォーカーズの増井慎二郎社長

ヴォーカーズの増井慎二郎社長

企業の内情は気になるものの、聞ける相手が内部にいない――。そんな場合に転職希望者が活用する転職・就職リサーチサイトの一つが「Vorkers(ヴォーカーズ)」だ。数ある口コミ情報サイトの中でも、実際にその会社で働いたことのある社員・元社員の声に特化して集めているという点では国内最大級だ。2007年のサイトオープンから10年になる運営会社「ヴォーカーズ」(東京・渋谷)の増井慎二郎社長にキャリアの原点と事業にかける思いを語ってもらった。

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日本人ももっと好きに、楽しく働けばいいのに――。漠然とそんなことを思ったのは、高校生のころでした。通勤途中の会社員の背中から醸し出される雰囲気が、生き生きしているように感じられなかったからです。

卒業して何になろうなんていう具体的な目標は何もなく、とりあえず一人暮らしをしようと思っていました。期末試験の前だけ要領よく勉強したので、成績はよかったんです。指定校推薦で立命館大学の産業社会学部に入ることができました。

最初の就職先はパソナ

阪神大震災が起きたのは、地元で成人式に参加した翌日のこと。実家が兵庫県明石市にあり、京都に戻ってからテレビに映し出された被災地の様子を見てぼうぜんとしました。

ちょうど私が就職活動を始めたころ、パソナグループ創業者の南部靖之さんが自転車で被災地を支援して回る姿がテレビに映っていました。南部さんは当時、ソフトバンクの孫正義さんやエイチ・アイ・エスの沢田秀雄さんらとともに、「ベンチャー三銃士」などと呼ばれていた。雇用問題に興味があったのと、最初に内定をもらったのがパソナでしたから、迷わずそこに入社しました。

配属先は50、60歳代のベテランばかり

配属先は再就職支援と人材紹介事業を手がける子会社でした。若くエネルギーのあるベンチャー企業に入ったはずが、周りは大企業で長年、人事をされてきた50、60歳代のベテランばかり。20歳代は新入社員の私だけという環境で、「なぜここにいるんだろう?」という気持ちがしました。

私がパソナに入社した1998年は、日本で金融危機が深刻化した時期です。それまで安泰とみられていたメーカーや商社でも採用の抑制や大規模な雇用削減が相次ぐなど、日本の雇用システムも大きく揺らぎ始めた時期でした。

当時の私たちが手がけていた再就職支援という仕事もイメージは決してよくなかったと思います。人事部の味方として早期退職者の再就職支援を請け負っていましたから、セミナーを開くと、参加者たちから不満や罵声を浴びせられることもありました。

これという研修プログラムがあるわけでもなく、先輩たちが仕事をする様子を見ながらまねして営業資料を作り、電話で営業先にアポイントメントをとり、早期退職の対象となった人たちの転職先や再就職先を開拓していました。

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