指定や特急券が不要の、普通運賃だけで乗れる観光列車がある。
ふらっと気軽に楽しめる列車をランキングした。
気軽に味わえる 非日常の空間
普通運賃だけで乗れる観光列車の先駆けは、1985年に誕生した5位のリゾート21だ。前方と両側を窓に囲まれ運転士気分が味わえる展望席や、海を向いて座るロングシートなど、画期的な列車と人気を集めた。「首都圏から伊豆へ何度も来る乗客に、乗ること自体が目的になる列車というコンセプトで考案した」(伊豆急行の比企恒裕取締役)という。
JR東日本の四季島など多くの鉄道会社が豪華列車を走らせるなか、普通運賃だけで楽しめる路線も裾野が広がってきた。路線の存続や沿線への観光客の誘致を目的に、企業や地域住民が一体となって盛り上げている路線もある。
今回のランキングでは、丁寧に作り込まれた内装が好評だった。1、4、8、10位は、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」などを手掛けた水戸岡鋭治氏のデザインだ。非日常の空間が鉄道の旅を格別にすると人気を集めている。ただ、こうした列車は運行本数が限られる場合が多いので、出かける前に時間などを調べておこう。
歴史鉄道の先駆者(熊本・宮崎・鹿児島県)
霧島連山やえびの高原を望む絶景が楽しめる、人気の観光列車。特急としてJR肥薩線熊本駅―吉松駅(鹿児島県湧水町)間を走るが、人吉駅(熊本県人吉市)―吉松駅間は普通運賃だけでいい。
1909年、蒸気機関車が峠越えをするため、鉄道技術の粋を集めて線路を敷いた。列車名は当時の工事責任者の逓信大臣、山縣伊三郎と鉄道院総裁、後藤新平にちなむ。熊本・人吉発の下りが「いさぶろう」で吉松発の上りが「しんぺい」だ。「明治の路線そのものを観光資産にした歴史鉄道の先駆者」(杉崎行泰さん)
見どころは、山をぐるりと巻いて上る直径600メートルのループ線と、列車が前後に進行方向を変えて急勾配を上るスイッチバック。「ただでさえ珍しい技術が普通列車で楽しめる」(諏訪篤嗣さん)、「鉄道遺産として残したい」(久野知美さん)と多くの選者が推した。
矢岳第一トンネルと第二トンネルの間から見える景色は日本三大車窓といわれる。列車は絶景スポットと、区間内の3つの名物駅に5分前後停車する。ロングシートの自由席は6、7人掛けだが腰掛けが点在し「立ち見がおすすめ」(櫻井寛さん)。デザイナーの水戸岡鋭治氏による内装は濃い色合いの木材でしつらえ、背もたれの上半分を格子状にするなどレトロで落ち着いた雰囲気だ。
(1)JR九州(2)肥薩線人吉駅―吉松駅、740円
初代0系新幹線がモチーフ(愛媛・高知県)
団子鼻と青いストライプで今なお愛される初代0系新幹線をモチーフにした車両。観光列車だが、土日祝日は1日7便、平日は朝の通勤時間帯や夕方に5便走っている。運行開始は2014年。「ようやく四国に新幹線がやってきた!」(坪内政美さん)と話題になった。おもちゃのような「インスタ映えする車両に軍配」(杉崎さん)と、鉄道ファン以外からも注目される。
車両は国鉄時代末期に製造されたディーゼル車で、予土線地域の活性化を狙い約1500万円かけて改装した。座席の一部や警笛は実際に使われた本物だ。「0系オリジナルの向かい合わせにできるシートに超感激。譲り合って座ってください」(櫻井さん)
「予土線の風景に不思議とマッチしている」(長根広和さん)。四万十川に沿って、のどかな里山風景の中を1両編成で走る。平均時速は45キロメートル。「世の中に常識はない、自由でいいと教えてくれた列車」(木村裕子さん)。車内には歴代新幹線などの模型展示コーナーがある。10月には郵便ポストを設置。普通郵便を投函(とうかん)すると、列車と沈下橋のイラスト付き消印を押してくれる。
(1)JR四国(2)予土線宇和島駅―窪川駅、1850円
三陸の海、眼前に迫る(青森・岩手県)
変化に富む三陸海岸沿いを走り、「目前に迫る三陸の海の景色は大人も子どももわくわく!」(田沢真理子さん)、「大きな窓から海を望める。普通運賃で乗れることに驚き」(杉山淳一さん)と支持を集めた。
2011年4月、東日本大震災後の東北新幹線復旧にあわせて運行を始めた。3両編成で先頭車両は指定席券が必要。2号車の内装は木目調で、ボックスシートの座席部分が畳になっていて靴を脱いでくつろげる。「“特急車両感”あふれる車内が魅力的」(久野さん)と車両の評価が高い。「普通運賃でお得にオーシャンビューが楽しめる」(諏訪さん)
1、3号車は「1人席が太平洋を望める海側にあり、窓に向かって座席が45度回転できる。一人旅で観光列車に乗りたい人はぜひ」(木村さん)との声も。週末や休日中心に運転している。
(1)JR東日本(2)八戸線八戸駅―久慈駅、1320円
レッドアロー号改造(富山県)
富山地方鉄道を舞台にした映画の公開を記念して、西武鉄道から譲り受けたレッドアロー号を観光列車に改造した。「風光明媚(めいび)な地で再び活躍しているのはうれしい」(坪内さん)
土日祝日のみ運行。普通運賃だけで乗れる列車は11月中は1日2本、12月以降は1本となる。そのほかは特急料金が必要で、自由席は1、3号車。車両デザインは水戸岡鋭治氏。床は高級感のある明るいフローリングで、「木製の柔らかな雰囲気のボックスシートや、子ども用展望席の背面にあるハートのくりぬきに女子鉄心をくすぐられる」(久野さん)。
(1)富山地方鉄道(2)本線電鉄富山駅―宇奈月温泉駅、1840円
伊豆名物「キンメ電車」(静岡県)
伊豆諸島の景観を楽しむため窓や座席の配置を工夫した「元祖リゾート列車で、いろんな座席がある」(南田裕介さん)。先頭と最後尾には階段状の展望席が24席。「なんと言っても下田行きの展望席。早い者勝ちだが並ぶ価値がある。カーブ区間で真正面に海が広がる」(杉山さん)。座席を海側に向けたシートもあり「目の前に広がる相模湾の眺望が気分を高めてくれる」(田沢さん)
2017年登場の「キンメ電車」は伊豆名物のキンメダイをイメージした真っ赤な車体で、沿線の6市町に内装を任せた。流木オブジェやキンメダイの生態説明など車内展示も楽しい。
(1)伊豆急行(2)熱海駅―伊豆急下田駅、1940円
一面に広がる大雪原(北海道)
老朽化で2016年に引退した流氷ノロッコ号に代わり、17年に登場した。普通列車にラッピングを施し、冬季限定で走る。「日本で最も運行が困難で最も美しい大雪原とオホーツク海を望める唯一の列車」(久野さん)だ。
オホーツク海に一番近い北浜駅で10分間停車し、間近に迫る流氷や知床連山の真っ白い山並みを展望台から眺められる。「大自然を感じる車窓からの流氷が圧巻」(中嶋茂夫さん)。お買い物タイムとして浜小清水駅に約20分停車し、「観光、移動、買い物の全てがかなう」(木村さん)。18年は2月3日から3月4日まで1日2往復を予定。
(1)JR北海道(2)釧網本線網走―知床斜里、840円
車両はオープンデッキ(高知県)
オープンデッキを持つ珍しい列車で「風を受けて乗るなら日本一!」(中嶋さん)。潮風を感じられて「太平洋のパノラマは迫力満点」(田沢さん)だ。「ほとんどの区間が高架橋で眺めもすばらしい」(櫻井さん)という。車体のデザインもユニークで「クジラ風で楽しい」(長根さん)。
2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」に合わせ、奈半利駅発着を「しんたろう号」、安芸駅発着を「やたろう号」に改称した。それぞれ出身の中岡慎太郎、岩崎弥太郎にちなんだ。
(1)土佐くろしお鉄道(2)ごめん・なはり線後免駅―奈半利駅、1070円
山、川、海の三拍子(京都府)
日本三景の天橋立がある京都北部の丹後地方を走る。「大江山、由良川橋梁、若狭湾の眺望など山、川、海が楽しめる旅情豊かな列車」(田沢さん)だ。車両デザインを水戸岡氏が手掛け、「車内が最高に楽しい列車」(長根さん)。海側カウンター席のほか、ラウンジのようなソファ席もあり「上品かつ大人な雰囲気が丹後の海に似合う」(南田さん)。
低速運転や絶景地点での停車はないが「通学する学生がうらやましい」(坪内さん)。
(1)京都丹後鉄道(2)宮舞線西舞鶴駅―宮福線福知山駅(宮津駅経由)、1190円
どこに座っても海の眺め(広島県)
瀬戸内海の穏やかな海原と、島々が織りなす景観をゆっくり楽しめる。「どの座席からも海が見えるよう配慮されていて、海岸線ギリギリを走る呉線を堪能できる」(長根さん)。船を思わせる丸窓から光が差し込み、羅針盤や地図の装飾で客船を演出。「車窓に広がる景色にクルージング気分になれる」(田沢さん)。運転は土日祝日限定。2両編成で自由席は2号車。
(1)JR西日本(2)山陽本線広島駅―三原駅(呉線経由)、1320円
車内に「ガチャガチャ」(和歌山県)
車内にカプセルトイ「ガチャガチャ」があるなど「遊び心いっぱいの車内で楽しく、30分で着いてしまうのはもったいない」(坪内さん)。グループのデザイン顧問、水戸岡氏が「乗って楽しい電車にしたい」とデザインした。普段使いの通勤・通学電車だが、観光客も乗りたくなる列車に生まれ変わっている。「木をふんだんに使った内装デザイン、おもちゃが飾られたショーケース。斬新さが楽しめる」(諏訪さん)。
(1)和歌山電鉄(2)貴志川線和歌山駅―貴志駅、400円
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ランキングの見方 数字は選者の評価を点数にした。列車名(運行地域)。(1)運行会社(2)区間と運賃。写真は1位瀬口蔵弘撮影、2位杉山淳一、3位中嶋茂夫、4位杉崎行泰、5位櫻井寛、6位JR北海道、7位土佐くろしお鉄道、8位坪内政美、9位マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズ、10位和歌山電鉄提供。
調査の方法 取材を基に、普通運賃で乗車できる観光列車を24選出。鉄道に詳しい編集者やライター、写真家など11人の選者に依頼し、気軽に景観が楽しめるおすすめ順にベスト10を選んでもらい、編集部で集計した。
▽木村裕子(おもしろ鉄旅アドバイザー)▽久野知美(フリーアナウンサー)▽櫻井寛(フォトジャーナリスト)▽杉崎行泰(交通ライター)▽杉山淳一(鉄道ライター)▽諏訪篤嗣(いこーよ 鉄旅ガイド)▽田沢真理子(KNT―CTホールディングス国内旅行部)▽坪内政美(鉄道カメラマン、ロケコーディネーター)▽中嶋茂夫(阪南大学客員講師)▽長根広和(鉄道写真家)▽南田裕介(ホリプロアナウンス室マネージャー)
[NIKKEIプラス1 2017年11月18日付]
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