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カリスマの直言

日銀の「株式投資」 今こそ出口の議論を(加藤出) 東短リサーチ社長チーフエコノミスト

2017/11/20

日銀はいつまでETFを購入し続けるのか
「日銀のように中央銀行が株式を買うのは異例だ」

 この秋以降、日本の株式相場は活況を呈しているが、日銀は巨額の株価指数連動型上場投資信託(ETF)の購入を継続している。中央銀行が金融政策で「株式投資」するのは異例で、欧米では例がない。まだ一部だが政策委員会からも副作用を懸念する声が出ており、そろそろ見直すべき時期といえよう。

 日銀のETF購入は、白川方明前総裁時代の2010年に年間購入額4500億円で開始された。当初の狙いは「呼び水効果」であった。日銀がETF市場を育成する姿勢を示すことで、国内外から投資資金が集まることが期待された。

■株価押し上げ策の側面強く

 ところが、黒田東彦氏が13年春に日銀総裁に就任するとETF購入の目的は変容し、株価押し上げ策としての側面を強めるようになった。株式の「リスクプレミアム」を低下させるとの説明だった。リスクプレミアムは、投資家が求める収益の度合いを表す数値。これが高いほど投資家が株式を高リスク資産とみなしていることを示す。

 日銀はリスクプレミアムを引き下げる目的で、年間のETF購入額を同年4月に1兆円、14年10月に3兆円、15年12月に3.3兆円、そして17年7月に現在の6兆円に増やした。

 6兆円の根拠は、当初は「英国の欧州連合離脱(Brexit)問題や新興国経済の減速」だったが、いずれも不安は後退した。そのうち、日銀は17年秋ごろからETF購入策を2%のインフレ目標を達成するための手段の一つと説明するようになった。インフレ目標の達成はいまだ見えない状況にあるため、日銀はETF購入を減額するきっかけをつかめない状況に陥っている。6兆円に増額したときに日銀は、オープンエンド式(終了を明示しない方式)ではなく、欧州中央銀行の量的緩和策のように期間を区切って実施すべきだった。

 年間6兆円というETF購入額は極めて巨額だ。東証の「投資主体別売買動向」を見ても、年間で6兆円以上買い越すセクターはたまにしか登場しない。1社だけで6兆円もの購入を毎年コンスタントに実施することを内外に宣言している投資家は異様だ。

■結局は短期的な利益を求める流れに

 この購入ペースが続くと、日銀が「物言わぬ大株主」になってしまう企業が今後続出する。これはコーポレートガバナンス(企業統治)の規律を低下させる恐れがある。長期的に見ると、日銀によるETFの巨額購入は日本企業の活力をそいでいくだろう。さらに、日銀がETFを購入し続けると、結局は短期的な利益を求めるプレーヤーばかりが集まってくることになる。

 ちなみに、Brexit問題の震源地であるイングランド銀行はETFを買って株価を押し上げるような政策は採用していない。より広く見渡せば、08年のリーマン・ショック後、世界中の中央銀行は「企業や家計のコンフィデンス(信認)の悪化」を強く警戒したが、米連邦準備理事会(FRB)も含めどこもETFを買って株価を支えようとはしなかった。中央銀行は通常、資本主義経済の「体温計」である株価に露骨に関与する政策に大義を感じないからである。

 FRBは01年1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、将来的な課題として財政黒字が続いてもし米国債の発行がなくなったら、FRBは何を購入して市場に資金供給を行うべきか?という議論を行った。その際に株式も一応検討対象として取り上げられたが、結果として事実上可能性を否定するニュアンスが示された。ポイントは以下の3つだ。

■FRBは中央銀行による株式購入を否定

 (1)株式の直接的な購入は、FRB、すなわち納税者を個々の企業のリスクにさらす

 (2)FRBがもし株式を購入するなら、企業の株価に不釣り合いな影響を与えたり、資源配分をゆがめたりすることは回避したい

 (3)こういった問題は、原則的には株価インデックスを複製して株式を購入すれば部分的には対処できる。だが、このアプローチは数千の株式のほんの一部にしかかかわることができない。FRBが保有しない株式の企業から反発を受ける可能性がある

 日銀が個別株ではなくETFを購入しているのは、(1)と(2)の問題を和らげたいためだが、(3)で指摘されているように、結局はインデックスに含まれている企業と、そうでない企業との間に株価の格差を生じさせてしまう。特に、市場で取引されている浮動株が少ない企業の株価は日銀のETF購入に大きく影響されやすい。

 なお、このFRBの議論は市場に資金を供給する際の手段として株式の購入は適切か否かを検討したものであり、株価を押し上げることは全く意図されていない点を強調しておきたい。

 このほかにも中央銀行のETF購入には問題がある。それは国債のような債券と異なって、「満期」が存在しない点だ。国債は満期が来れば保有高は徐々に減っていくが、ETFは誰かに売却しない限り減らない。しかし、株価への影響を考えると、日銀がETFを市場に売却することは容易ではない。また、巨額のETFが日銀のバランスシートに存在すると、その価格変動で日銀の収益は大きく振幅する恐れが出てくる。そういった観点からも、世界経済の好調という追い風が吹いているうちに、日銀はETFの年間買い入れ額の減額にチャレンジすべきだろう。

■香港は株式購入を2週間だけ実施

 1998年8月に香港の中央銀行にあたる香港金融管理局(HKMA)は、アジア通貨危機時の海外のヘッジファンドからの激しい攻撃に対する防御として、緊急避難的に株式相場を2週間だけ買い支えたことがある。同年秋に香港政府は受け皿のファンド、EFIL(Exchange Fund Investment Limited)をつくり、そこにHKMAが買った株式を移した。EFILは株式をETFに組成して、99年11月から数年の間に個人投資家や機関投資家に売却した。

 HKMAが市場に介入してそれらの株式を購入したとき、株価は大幅なアンダーバリュー(割安)になっていた(リスクプレミアムが異常に高まっていた)。相場が落ち着いて、リスクプレミアムが低下し、株価が上昇してからEFILは売却したため、結果的に利益を計上することに成功した。

 このケースに見習えば、日銀は市場から購入したETFを「ETF管理機構」のような新たな別組織に移管して、日銀のバランスシートから切り離す手がある。ただし、日銀はリスクプレミアムが高いとはいえない環境でもETFを大規模に購入し続けている。香港のように円滑には処分できず、僅かずつ長期にわたって一定のペースで売却、または企業に自社株を引き取らせるか、あるいは「塩漬け」にする可能性がある。

 なお、株式市場に介入したその夜、香港当局の幹部はやむにやまれぬ判断だったとはいえ、「香港のレッセフェール(自由放任主義)を傷つけてしまった」と泣いて悔しがった、という噂を聞いたことがある。当時の香港では自由主義の価値観が非常に重要視されていたからである。

■日銀政策委員からも懸念の声

 7月の日銀金融政策決定会合で「年間約6兆円のETF買い入れは課題で、継続の是非の議論が深まることを期待する」と述べた政策委員がいた。しかし、この人物は同月に任期満了で退任した木内登英委員か、佐藤健裕委員だろう。

 その後、ETF購入継続を懸念する声はいったん消えたが、11月9日に公表された10月30~31日の会合の「主な意見」では、「政策効果と考え得る副作用について、あらゆる角度から点検すべきである」との指摘が見られた。ただし、そういった声はまだ1人であり、日銀内での議論が深まっている様子はまだない。今こそ日銀は金融政策という名の下の「株価操作」からの「出口戦略」を議論すべきであろう。

加藤出
 1965年生まれ。88年横浜国立大学経済学部卒、同年4月東京短資入社。短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2002年2月に東短リサーチ取締役、13年2月より現職。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析する。著書に「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版、14年)など。

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