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東京芸大学長の沢和樹氏 創立130周年に弾くバッハ

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NIKKEI STYLE

東京芸術大学が今年、創立130周年を迎えた。学長はバイオリニストの沢和樹氏。美術学部と音楽学部がある東京芸大で2016年、音楽分野から37年ぶりに学長に就任した。世界に通じる日本のアーティストをどう育てるか。自らバイオリンを弾き、芸大キャンパスを散策しながら展望を語った。

東京芸大の前身は東京美術学校と東京音楽学校。両校は1887年(明治20年)に官立の旧制専門学校として創設された。それから数えて今年10月4日で130周年。記念行事も目白押しで、7月には「戦没学生のメッセージ~戦時下の東京音楽学校・東京美術学校」、11月には「東京芸術大学若手芸術家支援基金チャリティー・オークション展」などを開いた。こうした記念イベントを陣頭指揮しているのが学長の沢氏だ。

「こちらが東京音楽学校初代校長の伊沢修二先生です」。東京芸大のキャンパスは道路をはさんで美術学部と音楽学部に分かれている。音楽学部のキャンパスを散策しながら、沢氏はある銅像を指さして語り始めた。信州高遠藩士の家に生まれ、近代日本の音楽教育の第一人者として活躍した文部官僚で、東京音楽学校の創立者、伊沢修二の銅像だ。東京芸大の音楽ホール「奏楽堂」に向き合う位置に立っている。

「伊沢修二先生の銅像は、奏楽堂が新設されて20年近くにもなるのに、別の場所に立っていた。あまりにも申し訳ないので、2年前にこの位置に移設した」と話す。実はそれまでその場所に立っていたのはベートーベン像だった。「いくら我々の初代の校長先生とはいえ、ベートーベンを押しのけてまで移設していいのか、という意見もあった。でもベートーベンはウィーンで二十数回も引っ越しをしたのだから、許してもらえるかもしれないと考えた」と冗談めかして言う。確かにベートーベン像は伊沢修二像の数メートル後ろで黙想の表情を浮かべている。

ソロも夫婦デュオもこなす学長バイオリニスト

奏楽堂では、弦楽や管打楽などの各専攻から選抜された優秀な学生がソリストとして出演する演奏会を開いている。卒業生を中心にしたプロのオーケストラ、芸大フィルハーモニア管弦楽団と選抜学生が共演するのだ。木曜日の午前11時から始まるので「モーニングコンサート」と称し、今年度は4月から18年2月まで計13回開く。「学生がプロの芸大フィルハーモニアと共演し、バイオリン協奏曲やピアノ協奏曲を弾ける。作曲専攻の学生ならば自分の作品をそこで初演してもらえる。貴重な経験であり、学生の励みになる」と沢氏は意義を語る。

モーニングコンサートは長年、入場料が無料だったが、今は1人1000円を徴収している。「無料だったころは全1100席がすぐに満席になり、300人もの入場希望者におわびして帰ってもらう事態が生じていた」。1000円の料金がかかるようになってからも、コンサートの朝には奏楽堂の入り口に長い行列ができることも珍しくない。「演奏のレベルはかなり高いと自負している」と沢氏は言う。プロ同然の演奏技術を持つ学生が、めったにないチャンスを与えられ、プロとともに真摯に取り組むため、充実した高水準の音楽を聴ける。1000円を支払ってもかなり得した気分になるのは筆者だけではなかろう。もっと一般に知られれば、東京の平日午前の名物イベントになりそうだ。

沢氏は1955年和歌山県生まれ。69年に全日本学生音楽コンクール全国大会中学生の部で第1位を受賞した。東京芸大では戦後日本を代表するバイオリニストの海野義雄氏に師事。在学中に東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団のコンサートマスターに就任した。仏ロン=ティボーなどいくつかの国際コンクールで入賞を果たし、80年には英国ロンドンの王立音楽大学に留学した。

沢氏の本領はソロだけでなく、室内楽など他の演奏家との共演でより発揮される傾向がみえる。その一つが、妻でピアニストの蓼沼恵美子さんとのデュオだ。沢氏は同時期にロンドンに留学していた恵美子さんと結婚。83年のミュンヘン国際音楽コンクールでは、バイオリンとピアノのデュオ部門において夫婦で第3位を受賞した。「1976年から妻と一緒にバイオリンとピアノのデュオを続けている。デュオ結成30周年の2006年にベートーベンの『バイオリンとピアノのためのソナタ』全10作品を演奏した。その全曲演奏会を完結させたとき、一つの大きな山を制覇したような、演奏家として勲章をもらったような気がした」と振り返る。

弦楽四重奏団とバッハの無伴奏バイオリンソナタ

84年に東京芸大の講師、翌85年には助教授になった。その後、89年に再び留学し、ロンドンの英国王立音楽院に在学中、カルテットの大御所、アマデウス弦楽四重奏団のメンバーと出会った。この四重奏団によるブラームスの弦楽四重奏曲や同五重奏曲、同六重奏曲、ピアノ五重奏曲などの室内楽作品の録音CDの数々は、今なお世界最高レベルの名盤の地位を保っている。沢氏はアマデウスのメンバーに触発され、自らの弦楽四重奏団「沢クァルテット」を91年に立ち上げた。「結成10年目にベートーベンの『弦楽四重奏曲』(第1~16番)全曲シリーズ演奏会をした。それを契機に自分が変わり、自信につながった」と語る。デュオと弦楽四重奏団は沢氏の演奏活動の主軸だ。

しかしソロでも大きな目標を掲げている。「バイオリン独奏曲の最高峰といえるかもしれない」と語るJ・S・バッハの「無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ」全6作品への挑戦だ。ソナタとパルティータでそれぞれ3作品ある。バイオリン1本で壮大な宇宙を創造したといわれ、バイオリニストの聖典、バイブルと呼ばれる独奏曲集だ。「神聖なものを感じる。できれば録音したり、演奏会を開いたり、取り組んでみたい」と言う。

今回の映像2本のうち一つでは、沢氏がバッハのこの曲集から「無伴奏バイオリンソナタ第1番ト短調BWV1001」の第1楽章「アダージョ」を通しで弾いている。曲集の冒頭を飾る作品で、深遠な精神世界が繰り広げられる。「崇高な世界。一つの宇宙。それをたった1本のバイオリンで実現した。バッハの偉大な力を感じる」と作品を称賛する。この曲集がバイオリニストや作曲家に与えた影響は計り知れない。20世紀に入ってからもイザイやバルトークがバッハを意識して「無伴奏バイオリンソナタ」を作曲した。

偉大な曲集だけに演奏を敬遠するバイオリニストも少なくない。多くの世界的な演奏家を育てた沢氏だが、「まだバッハの『無伴奏』を全曲演奏・録音したことはない」と語る。知れば知るほど深みがあり、「理想が高くなるだけに、なかなか演奏に踏み切れない」。演奏家として目指すべき最高峰だ。「学長の職務が終わったら取り組んでみたい。そのときまでに指が動いているかどうか」と言って微笑する。

11月4日付の「ビジュアル音楽堂」では、沢氏の教え子の一人であるバイオリニスト川田知子さんが今年、バッハの「無伴奏」の全曲録音に取り組んだ様子を紹介した。川田さんもその回の映像でバッハの「無伴奏バイオリンソナタ第1番」の第1楽章「アダージョ」を弾いている。モダン仕様のバイオリンながら古楽奏法も取り入れた、みずみずしくも深みのある新鮮な秀演だ。こうした教え子の活躍を見るにつけても、沢氏の演奏に対する姿勢は慎重すぎるように思える。

自分の演奏を手本とさせず学生の個性を伸ばす

一方で「教え子の活躍ほど私に幸せを感じさせてくれることはない」と沢氏は教育者としての心情も打ち明ける。「私の還暦祝いには教え子が集まり、120人で弦楽合奏をしてくれた」。東京芸大で約30年間も教えてきた沢氏には、プロの弦楽奏者として活躍する教え子が数多くいる。そんな沢氏のバイオリン演奏の教授法はどんなものなのか。「自分で演奏して手本を示すという教え方はあまりしてこなかった。演奏の問題点を指摘したり、言葉でアドバイスをしたり、学生が個性を伸ばして成長してくれるよう指導してきた」と説明する。

自分が実演してみせるのではなく、音楽を言葉にかえて教えるという手法は、演奏の実技を学ぶことを想像した場合に意外感もある。しかし沢氏は「自分も若いころ、ちゃんと理解したと思える音楽について、言葉で表現しろと指導された。演奏家には音楽を言葉にかえる能力が求められる」と主張する。見よう見まねの習得法では先生のコピーが生まれるだけで、真に独創性のある演奏家を育てることにはならないとの考えが根底にある。さらには「楽器を弾くにしても、本当に言葉をしゃべるように演奏しなければならない」とも言う。

前身の東京音楽学校が開校した19世紀末は欧州でブラームスやチャイコフスキーらロマン派の作曲家たちの音楽が全盛期を迎えていた。オーストリアやドイツではブルックナーやマーラー、リヒャルト・シュトラウスら後期ロマン派が登場し、フランスではドビュッシーによる新しい印象主義音楽が始まる時代だった。開国した日本は、西洋音楽を輸入するタイミングという点で、新時代の音楽の潮流に決して乗り遅れる状況ではなかったといえる。むしろ「日本の場合は、演奏技術を習得するための新しい教育手法が比較的早い段階で入ってきた。音楽教育にとっては幸運な環境にあった」と沢氏は指摘する。

特にバイオリンの場合は「ハンガリーバイオリン楽派というものが存在し、そこから世界中の名演奏家たちが何らかの形で枝分かれしてきた。日本でもハンガリー楽派の流れの中でバイオリニストが育っていった」。その起源は、ブラームスと親交が深く、彼の「バイオリン協奏曲」を初演したハンガリー出身の名バイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒムにまで遡るようだ。さらにはヨアヒムに師事したハンガリー生まれのユダヤ系バイオリニスト、レオポルト・アウアーによって、ヤッシャ・ハイフェッツやナタン・ミルシテインら20世紀の巨匠たちが育っていった。東京音楽学校と後身の東京芸大は彼らの流れをくんでいるという。

世界でも高いレベルにある日本のバイオリン演奏

「日本のバイオリン演奏のレベルは世界的にみてもすごく高いところにある」と沢氏は胸を張る。しかし最近では「韓国や中国の若手演奏家のレベルも高くなり、国際コンクールの入賞者が増えている。欧州の人々がとてもかなわないとまで言っている」。もちろん日本人の演奏家は、先に挙げた川田知子さんをはじめ、これまでの長い歴史の中で何人も国際コンクールで優勝を果たしてきた。それでも今は他のアジア諸国・地域の演奏家の台頭が目覚ましいようだ。

沢氏はこうした情勢に動揺する様子をみせない。日本の演奏家には世界でトップクラスといえる美質があるからだ。「韓国や中国の演奏家は確かにソロとして国際コンクールで優勝や入賞をしている。しかし日本人はオーケストラの奏者としても極めて高い評価を受けている」。世界の名門オーケストラでコンサートマスターや首席奏者を務める日本人の演奏家は確かに多い。「外国に留学する場合でも、日本人学生はのみ込みが早いとほめられる。楽譜をどう読み込むかを含め、日本の大学で基礎が出来上がっているので、高いレベルからスタートができる」。130年の音楽教育の伝統と蓄積が、世界に通用する演奏技術につながっている。

山田耕筰や信時潔、橋本国彦の時代から芥川也寸志氏、黛敏郎氏、矢代秋雄氏、諸井誠氏らを経て現役の池辺晋一郎氏や西村朗氏、望月京さんらに至るまで、東京芸大は世界に誇る作曲家を輩出し、日本の近現代音楽史を築く原動力となってきた。日本の現代音楽の発信源であるとともに、邦楽科を備え、日本古来の伝統音楽の継承と発展にも尽くしている。グローバル化に伴い西洋音楽が東西を問わず人類共通の財産になる中で、日本独自の新たな音楽を生み出すための教育機能も求められる。沢氏は「芸術のすごさや必要性がまだ認められていない。芸術がどんな形で社会に貢献できるか、実験的な試みなど新しいことに挑戦していきたい」と語る。

自らの演奏を手本にして教えることはしない沢氏にとって、今回の映像に収めたバッハ「無伴奏バイオリンソナタ第1番」は手本のつもりではない。誰にもまねのできない独自の芸術世界を聴かせようとしている。そうした学長の姿勢が唯一無二のアーティストを育てる。

(映像報道部シニア・エディター池上輝彦、鎌田倫子)

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