味がしない、食欲がない… それは亜鉛不足かも
「最近、味を感じなくなってきたが、そのうち元に戻るだろう」「ひとり暮らしの老親の食が細くなり、気力も体力も衰えてきたようだ。悲しいけれど、年だから仕方がないか」。……そう決めつけるのは、ちょっと待った! もしかしたらそれは、亜鉛不足による味覚障害かもしれない。
低亜鉛血症の治療薬を販売するノーベルファーマは、2017年10月4日に亜鉛不足と味覚障害についてのメディアセミナーを開催。アンチエイジングの観点から亜鉛不足に注目するマイシティクリニック院長の平澤精一氏と、全国でも珍しい味覚外来を担当する兵庫医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科講師の任智美氏が講演を行った。その中から、亜鉛不足と味覚障害についてキーポイントを紹介しよう。
味覚障害からフレイル、そして要介護へと続く悪循環
味がしない、何を食べても苦く感じる、塩味がきついといった味覚障害に悩む人は、かなり多い。2003年の統計では、全国で24万人が味覚障害を訴えた[注1]。そして、味覚障害を訴える人には、高齢者が多い。任氏の味覚外来の受診者を年齢別に分けると、多くの高齢者が味覚障害に悩んでいることが分かる(図1)。
亜鉛はミネラルの一種で、人体にとって必須の栄養素だ。体内にある300種類以上の酵素の働きを助け、新陳代謝の活性化やたんぱく合成に関わっている。そのため亜鉛が不足すると、さまざまな全身症状が現れる。
亜鉛不足の症状には、味覚障害、臭覚障害などの知覚障害、湿疹、皮膚炎、脱毛といった皮膚症状、貧血、食欲不振、骨粗しょう症、免疫力低下、慢性肝疾患、糖代謝異常などがある。さらに、情緒不安定、記憶力低下、うつ傾向といった精神症状、不妊症や男性更年期障害といった性機能障害も亜鉛不足で起こってくる(表1)。
中でも真っ先に自覚しやすいのが、味覚障害だ。亜鉛が不足することによって舌にある味細胞の細胞分裂が止まり、新しい細胞ができなくなると、味を感じられなくなる。
ひとり暮らしで孤独に食事をする高齢者は、食事の品数が少なく、メニューも片寄りがちのため、亜鉛欠乏を起こしやすい。ところが味覚障害を起こしても、味付けを濃くするなど自分で調整してしまうので、障害があることに気付きにくい。それでもなんとなく料理がまずいので食欲がなくなり、食欲がなくなると食が細り、栄養がますます偏ってしまう。そしてたんぱく質やカルシウムが不足すると、筋力不足や骨粗しょう症を起こしやすくなる。
「亜鉛は男性ホルモンのテストステロン生成にも関わっています。テストステロンには、筋肉を作ったり骨を強くしたりする作用があるので、テストステロンが不足すると、さらに筋力不足や骨粗しょう症が起こりやすくなります」と平澤氏は言う。
[注1] Ikeda M, Aiba T, Ikui, A et al. Taste disorders: a survey of the examination methods and treatments used in Japan. Acta Oto-Laryngologica. 2005;125:1203-1210.
「亜鉛は脳の認知機能にも関与します。うつ傾向で意欲が低下して外出が減ると、身体機能は衰えていきます。亜鉛欠乏症では、肌荒れや脱毛で老けて見えやすくなるので、それも外出する意欲を低下させるでしょう。こういった悪循環は、フレイルから要介護へと一直線につながっていきます。若々しさと健康を保つためには、亜鉛というキーワードをぜひ認識してください」(平澤氏)。
フレイルとは、高齢者の身体機能や認知機能が低下して虚弱になった状態のこと。フレイルから要介護へと進むことが多く、要介護予備軍とも言える。亜鉛不足がもとで要介護になってしまったら、大変だ。
薬の影響でも、味覚障害が起こる
味覚障害には、普段から飲んでいる薬が影響することもある。そのメカニズムは薬の種類によってさまざまだが、中でも注目されるのは、「亜鉛キレート作用」の影響だ。キレート作用とは、化学物質が金属イオンを包み込むような形で結合すること。亜鉛はキレート結合すると体外に排出されやすくなるため、亜鉛をいくらとっても、どんどん排出されてしまう。結果的に、亜鉛不足による味覚障害を起こすというわけだ。
亜鉛キレート作用を起こす薬は慢性疾患に使用するものが多く、何百種類もある。高齢者は、さまざまな慢性疾患を抱えていて、服用する薬の種類が多くなりがちなため、薬剤による味覚障害も多いと考えられる。
「高齢者の味覚障害が、薬剤による亜鉛不足が原因と分かっても、病気の治療に必要な薬はやめられません。そうなると外から亜鉛を補うしかないのですが、多量の亜鉛製剤を飲んでも亜鉛がどんどん排出されていくので、改善するまでにかなり時間がかかります」と任氏。
だが、亜鉛不足による味覚障害なら、根気よく亜鉛を補充していけば、治ることも多い。
任氏によると、「亜鉛補充療法に漢方薬を併用すると、亜鉛欠乏性の味覚障害と特発性の味覚障害[注2]は7割以上が治ります。ただ、効果が表れるまでに3カ月から半年はかかりますので、あきらめずにじっくり治療をしてください」とのことだ。
「感覚に関する加齢変化を調べた調査では、味覚は視覚、聴覚、嗅覚に比べて、年を取ってもそれほど衰えないことが分かっています。ですから味覚障害は高齢者でも改善しやすく、特発性と亜鉛欠乏性に限ると、65歳以上と65歳未満の改善比率は、ほとんど差がありません」と任氏は言う。
これは、味覚障害に悩む高齢者には朗報だろう。
自己判断で大量摂取すると過剰症の恐れも
味覚障害は、一緒に食事をした人から指摘されて気付くことが多い。ひとり暮らしの人は、食事をまずく感じたら、「ひょっとして味覚障害かも?」と疑ってみることが肝心だ。
「以前と同じように作っているのにまずい、味が薄いと思うようになったら、要注意」(平澤氏)。「台所に置いてある塩や砂糖をちょっとなめてみて味が分からなければ、ほぼ味覚障害」(任氏)なので、そういった方法も試してみよう。
ただ、自己判断で亜鉛不足と考え、亜鉛サプリメントをむやみに飲むのは禁物だ。亜鉛には過剰症があって、とり過ぎると貧血、免疫力の低下、性機能低下、味覚や嗅覚の低下などが起こる。これらの症状は亜鉛欠乏症と似ているので、過剰になっていても分からずにサプリメントを飲み続け、ますます悪化する恐れがあるという。
ひょっとして亜鉛不足かもと思ったら、まずは医療機関を受診して、血液検査で亜鉛の値を測ってもらおう。低亜鉛血症と診断されたら、保険診療での治療が可能だ。亜鉛を豊富に含む食べ物から亜鉛を摂取することももちろん重要だが、亜鉛欠乏症と診断されるほどの亜鉛不足になったら、医師の指導の下、適切な治療を受けて、以前の味覚と食欲を取り戻そう。
[注2] 特発性味覚障害:亜鉛欠乏性、薬剤性など他の原因にあてはまらない味覚障害を特発性と分類する。特発性の多くは潜在性の亜鉛欠乏症と考えられる。
兵庫医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科講師。2002年兵庫医科大学卒業。同大耳鼻咽喉科、神戸百年記念病院耳鼻咽喉科、ドイツ・ドレスデン大学嗅覚・味覚クリニックなどを経て2014年2月より現職。日本でも数少ない味覚外来を担当する。医学博士、耳鼻咽喉科専門医。
マイシティクリニック(東京都新宿区)院長。1981年日本医科大学卒業。同大大学院医学研究科、同大泌尿器科、河北病院などを経て1992年、東京都新宿区にマイシティクリニックを開業。1996年医療法人社団医精会理事長、2016年より東京医科大学地域医療指導教授を兼任。医学博士、日本泌尿器科学会認定専門医。
(ライター 梅方久仁子)
[日経Gooday 2017年11月6日付記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。