田中角栄や本田宗一郎も 銀座で背広を仕立てる男たち

2017/11/28

――金融界のトップも市川さんが担当しました。

市川博司さん

「富士銀行(現みずほ銀)の松沢卓二、荒木義朗両頭取、第一勧業銀行(同)の村本周三頭取、三井銀行(現三井住友銀)の小山五郎社長にご利用いただきました。皆さん、わざわざ予約の電話を入れられるので恐縮したものです」

「皆さんいつも選ぶのは紺の無地か黒、ダークグレー。年に数着は仕立てていただきました。松沢頭取は襟(ラペル)の種類や幅にこだわるなど、おしゃれを楽しんでいました。荒木頭取は趣味の広い方で、クルマも自分で修理してしまうといったことをビスポーク(オーダーメード)の時の雑談で聞いたことがあります」

■生地選びでリフレッシュする頭取たち

松沢卓二氏

「村本さんには『電話は3回鳴るまで出るな』ということを教えられました。銀座の洋服店に電話してくる人は年配の方が多いだろうし、パッと出られることなど想定していないというわけです。これは勉強になりました。皆さんゆっくり生地を選んで少し銀座の街を散歩しながら帰られました。多忙ななかのリフレッシュという感じでした」

「小山社長は極めて活動的で少しもじっとしておられない(笑)。店内の様子を観察して飾ってある絵画を鑑賞していることなどがしょっちゅうでした。銀座の街の話題などがお好きでしたね。現在進行形で今どうなっているかを知りたかったのでしょう」

小山五郎氏

「71年に日本でマクドナルドの1号店が銀座三越にオープンして大きな話題になりました。半面、地元にとっては困ったことも起こりました。若者たちが食べ終わったハンバーガーの包装紙などを道端に捨てるので、銀座の街が汚れた感じになることが多かったのです」

「こんな話を小山さんのお耳に入れたところ、『ウーン』と困った表情を浮かべたことを覚えています。82年に三越の岡田茂社長解任劇が起きます。解任に向けてリーダーシップを取ったのが小山さんと聞いて、三越の悪い印象を与えてしまったかな、と思いましたね」

――ビスポークはどのような手順なのですか。

「最初のお客さまとの会話では3分の2が雑談です。お客さまとの信頼関係を築くのが大前提です。次にスーツの生地を壁一面にそろえた2階に案内します。お客さまが最初に手に取ったものを中心に2、3通りの生地をお勧めすると大抵、好みに一致しました。なぜか左側に展示してある生地の方がよく売れたという記憶があります。車で来店されるお客さまは無地の紺かダークグレーが多いという経験則もあります(笑)。担当したお客さまは300人ほどだったでしょうか」

「現役を退いてから10年たち、お客さまの告別式に参列することが増えてきました。ただ、遺影を拝見するとまず『ああ、英国屋のスーツを着ていただいている』と目がいってしまうのです。銀座のテーラーの『業(ごう)』でしょうか」

(聞き手は松本治人)

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