実は強力な武器? ティラノサウルスの短い腕に新説
ティラノサウルス・レックス(Tレックス)の小さな腕(前肢)が何の役に立っていたのかは、長い間謎とされてきた。これまでに唱えられてきた説としては、暴れる獲物をつかむもの、休んでいる姿勢から立ち上がるときに体を支える補助、交尾の際に相手を捕まえるため、などがある。
いずれにせよ、近年ではTレックスの短すぎる腕は、飛べない鳥の翼のように機能を失った器官という見方がほぼ定説となっている。さらに一部には、巨大で力強い顎とその筋肉が大きく進化するのと引き換えに、彼らの腕は小さくなったという意見もある。
ところが、このほど米シアトルで開催された米国地質学会で、Tレックスの腕には機能がないという説に、ある研究者が真っ向から異を唱えた。米ハワイ大学マノア校の古生物学者スティーブン・スタンリー氏は、Tレックスの腕は接近戦の際に、相手を「凶暴に切り裂く」ことによく適応しており、長さ約10センチの鉤爪で獲物に深い傷を負わせられたと主張する。
「獲物の背中に乗っていようと、顎で噛み付いていようと、Tレックスはその短くて強力な前肢と巨大な鉤爪で、深さ数センチ、長さ1メートル以上の傷を4本相手に負わせることができました。しかもこれを素早く繰り返せば、その何倍もの傷を与えられたはずです」とスタンリー氏は言う。
スタンリー氏は、Tレックスの仲間の恐竜たちも獲物を切り裂いていたことを指摘しつつ、「強力な武器を持っているというのに、Tレックスがこうした攻撃をしなかったと考える理由はありません」と語る。
自説を裏付ける証拠として、スタンリー氏はTレックスの腕の骨は頑丈で、武器として有効だっただけでなく、「球関節にも似た珍しい形の関節」のおかげで腕をさまざまな方向へ動かすことができ、切り裂く動作には理想的だったと述べている。(参考記事:「ティラノサウルス羽毛説に反証 やはり『うろこ肌』?」)
その上、Tレックスは進化の過程で3つの鉤爪のうちの1つを失っており、残りの2本の爪にかかる圧力は50パーセント増加したために、1撃のパワーはより強力になったと考えられるという。
攻撃のため? 交尾のため?
しかしながら、恐竜の研究者たちが皆この説に納得しているわけではない。「あれほど小さな腕を、相手を切り裂く武器として使うというのは不合理に思えます」と語るのは、学会に出席していた英ブリストル大学の古生物学者ジェイコブ・ヴィンサー氏だ。
ヴィンサー氏は、さらなる証拠が提示されない限り、腕は「より重要度の低い、補助的な目的」のために使われていたという説を支持するという。補助的な目的とは、たとえば、交尾の間に相手をつかむといったものだ。しかし、この説に対してスタンリー氏は、交尾の際に腕を使えば、鉤爪で相手を傷つける危険があっただろうと反論する。
この他、米メリーランド大学カレッジパーク校のティラノサウルス研究者トーマス・ホルツ氏は、完全に成長したTレックスにとって、長さ1メートルの腕は相手を切り裂くには短すぎると述べている。
成長したTレックスの胸は横幅が非常に広く、腕を横に振ったときの「効果的な打撃ゾーン」は、胴体からごく近い範囲に留まるとホルツ氏は指摘する。
「もし当たればそれなりのダメージを与えたでしょうが、腕を効果的に使うにはティラノサウルスが相手の側面に胸をあてがわなければなりません。そうした体勢になった場合、ティラノサウルスは、腕よりもはるかに強力な武器である巨大な顎を使うことができなくなってしまうでしょう」
一方でホルツ氏は、長期にわたる青年期には、Tレックスの腕は体に対して比較的大きかっただろうとも述べている。
「若いTレックスの場合には、腕はより実用的な機能を持ち、歳を重ねるにつれてあまり使われなくなっていったのかもしれません。若いTレックスの方が、腕の大きさに比例して打撃ゾーンも広かったでしょうし、小さな獲物を狙えば、相手を殺すのに必要な力も小さくて済んだはずです」
進化の過程で腕が退化し、巨大な顎が獲物をとらえる役割を引き継いだという説には、スタンリー氏も同意している。それでも、小さな腕が残ったのは、接近戦になった場合、相手を切り裂く役に立っていたからだというのが彼の主張だ。
(文 John Pickrell、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年11月7日付]
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