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リーダーはスポーツに学ぶ

「勝たなあかん」で失敗 FB日本代表の京大体育会時代 フェイスブックジャパン代表取締役の長谷川晋氏

2017/11/8

フェイスブックジャパン代表取締役の長谷川晋氏

 米フェイスブックの日本法人、フェイスブックジャパンの代表取締役を務める長谷川晋氏は、京都大学時代にハンドボール部主将を務め、関西リーグ3部だったチームを2部に引き上げた。「運動部主将もビジネス経営者も根本は一緒」と語る長谷川氏だが、主将就任当初は挫折の連続だった。「半分トラウマ」と笑う当時のエピソードから、長谷川氏がスポーツから学んだリーダーとしての哲学をひもとく。

 帰国子女で、剣道を通じて日本の文化を学んだ。中学でハンドボールと出合う。

 僕は帰国子女で、2~9歳まで米国シアトルで過ごしました。帰国して兵庫県宝塚市の公立小学校に入学しましたが、文化も言葉もまったく異なり戸惑いましたね。当時はタレントのルー大柴さんのように「僕のpencilが」みたいな言葉遣いでしたから(笑)

 なかなかなじめずにいた僕に、母親が剣道を勧めたのです。剣道を通じて幼いながらも日本の礼儀や作法、文化を学びました。僕は今でも黙想で心を落ち着けます。

 中学は受験して大阪教育大学付属池田中学に入学しました。ハンドボールと出会ったのはこの時です。体育の先生がハンドボール部の顧問だったのですが、今思えば巧妙な戦略なんですよ。体育の授業で最初にやった競技がハンドボール。そこで楽しさを覚えさせて、これはと思う生徒を部活に誘っていたのでしょうね(笑)。そうそう、その先生とはそれこそフェイスブックでつながって、先日飲みにいきました。

 3年生になると主将になり、初めてスポーツでチームを束ねる経験もしました。余談ですが、文武両道をかかげる学校でしたので、中学では木工部にも所属しました。木に焼き目をつけながら、ウエルカムボードを作ったりしました。

 中高一貫校でしたので、高校にはエスカレーター式に上がりました。しかし高校にはハンドボール部がなくて、ラグビーをやっていました。中学時代の部活の先輩が多くラグビーに流れていたのが大きかった。僕のポジションは9番スクラムハーフ。攻守のつなぎ目となり、バランスを見てゲーム組み立てるのが楽しかったです。

 京都大学へ進み、何かしら体育会の部活でスポーツをしようとは思っていました。でもハンドボールは高校の3年間ブランクがあったので、他の部活も考えました。結局ハンドボールを選んだ理由は、中学の時は外のグラウンドで練習していたけれど、大学は体育館だったからです。今思えば錯覚ですけど、自分が知っていたハンドボールと違い、ものすごく洗練された気がして。魅力的に映ったんですね。

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