都会のキャリア、地方で生かす ストーリー立て助言
大都市でキャリアを積んだ女性が、移住先の地方都市の活性化で存在感を高めている。結婚や夫の転勤などで一旦、職を離れざるを得ない女性は少なくない。セカンドキャリアを新天地で始め、活躍する動きを追った。
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商品開発など無料で相談 壱岐の平山真希子さん
「商品開発の渡辺さん自身の奮闘にスポットを当てた方が注目される」。10月中旬、玄界灘に浮かぶ壱岐島(長崎県壱岐市)の壱岐しごとサポートセンター(イキビズ)で、副センター長の平山真希子さん(42)が熱く語った。
平山さんは大学を卒業し現在のP&Gジャパン(神戸市)に入社。マーケティング部門ではポテトチップス「プリングルズ」の包装イラストの変更を手掛け、PR部門でヘアケア部門の広報責任者を務めた。今は壱岐で地元の相談に乗る日々だ。
地元産ウニ加工品のリニューアルの相談をする水産加工会社、壱岐水産(壱岐市)営業部長、渡辺菜津美さん(29)は深くうなずいた。お気に入りのデザイナーに直接、包装デザインを交渉。その先のPRの知恵を求めていた。
思いを込めた仕事ぶりに「商品化までのストーリーを含めセールスポイントになる」と、ホームページなどへの自身の登場を提案された渡辺さんは「自分がPRの表に出る発想はなかった。平山さんの存在とキャリアを基にした助言は心強い」と話す。
イキビズは産業振興の支援に取り組む壱岐市出資の一般社団法人で、8月に発足した。販路拡大や情報発信、商品開発など事業者の相談に無料で応じる。相談件数180件という初年度(約7カ月)の目標を2カ月で達成するなど、島民の関心は高い。
平山さんが地域の活性化に取り組むのは初めてではない。魅力を発信しきれていない地域が多いことがもどかしく、群馬県みなかみ町の観光協会に4年間勤務した。地域行政や小さな企業がどう考え、動くかの実態を学んだ。
古くから朝鮮半島と九州を結ぶ海上交通の中継地として栄えた壱岐島。人口約2万7千人(2015年)はピーク時の半分だ。基幹産業の農漁業は後継者不足で、事業者数も5年間で約15%減った。
3年半前、老舗旅館の後継者との結婚を機に壱岐に移り住んだ平山さん。若女将としての仕事と3人の子育てに追われている時にイキビズの創設と副センター長の募集を知る。子どもたちの将来のためにも、自分のスキルと経験を生かして島を活性化したいと名乗りを上げた。「島の生産者や事業主一人ひとりの生活がかかっている。責任は重いが、やりがいも大きい」
ひと味違う金沢ガイド本 岩本歩弓さん
北陸の小京都、金沢には地元の魅力を住民視点で発信し続ける女性がいる。出版社リトルモア(東京・渋谷)に5年間勤めた後、04年に故郷に戻った岩本歩弓さん(41)だ。編集に携わったガイド本「乙女の金沢」(06年)が金沢観光の定番、兼六園もひがし茶屋街も載っていない本と話題を呼んだ。「東京の友人が持ってくる本には、自分が行ってほしい場所がほとんど載っていなかったから」
実家は百年続く桐工芸の店だ。「人間国宝級の芸術家の作品と、大量生産の土産物の間にある金沢の工芸品の魅力を知ってほしい」と考えている。今や金沢の春の風物詩となった県内の工芸品を集める即売会、春ららら市には11年の開始から企画に携わった。桜の時期に合わせ、兼六園近くの公園がにぎわう。7年で店舗数は約3倍、売り上げは約7倍に成長した。
岩本さんは「東京時代、文芸書や写真集などメジャーではない作品を扱い、内容はもとより、まず手にとってもらう大切さを学んだ」という。「イベントのパンフレットを手にとってもらえるか、デザインの力は大きい」。金沢では美大生らのアルバイト作品に頼る風潮があったものの、プロの活用を重視する。
元大手広告代理店のデザイナーで、石川県観光PRキャラクター、ひゃくまんさんなどを手掛けた田中聡美さん(39)はビジネスパートナーの一人だ。「岩本さんは人と人をつなぐのが上手。金沢ぐらいの規模の街では、その能力が最大限生かせる」とみる。
工芸職人、飲食店、商店――。「何もないのが嫌で東京へ出たけど、金沢に戻ってからは『こんなにすてきな作品や、面白い人がいるんだ』の連続」と笑う岩本さん。自転車と徒歩で、地域の魅力を探し回る毎日だ。
福岡県男女共同参画センター「あすばる」センター長で内閣府男女共同参画会議議員の松田美幸さんは「地方に優秀な人材を集めるには、積極的に移住者に仕事を回すトライアル発注など行政の工夫が必要」と指摘する。大都市のコンサルタント会社や広告会社に比べ、「破格の安い費用で同等の効果を得られる可能性は大きい」とみる。
一方で松田さんは「大都市以上に男性社会が根強い地域もある。女性が成功できる場所かどうか、地方議員の女性の割合などを検証することも大切」とし、「移住で所得水準が低下すれば将来の年金額などに影響する。ライフプランや生活の質を見極め、是非を判断すべきだ」と話す。
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愛着持てる街 人材集まる ~取材を終えて~
「ここまで優秀な人材が壱岐にいるとは正直思わなかった。キャリアを生かした活躍の余地は大きい」。公募で391人の中からイキビズのセンター長に選ばれ、東京から着任した森俊介さん(33)にとって、平山さんの存在はうれしい誤算だったようだ。一方で「他の地方にも優秀な人材は眠っているかもしれない」と考える。
大都市や大企業での仕事は規模が大きく華やかで、やりがいや自己実現などを理由に「離れがたい」と考えるのは女性に限らないだろう。今回話を聞いた女性に共通していたのは、暮らす町への愛着の強さだ。平山さんは壱岐を「ついのすみか」と考え、岩本さんは「夜遅くまで働き、帰って寝るだけ。東京は『自分の住む町』とは思えなかった」と話す。自治体でも企業でも、優秀な人材を得るには、生活の舞台としての魅力が問われている。
(嘉悦健太)
[日本経済新聞朝刊2017年11月6日付]
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