「東洋のスイス」諏訪 腕時計から自動車部品まで育む
よくわかる 腕時計ビジネス(4)
かつて「東洋のスイス」と呼ばれ、腕時計で世界を席巻した長野県諏訪地域。セイコーエプソンから連なる企業城下町は、その高い技術で本場スイスからも恐れられた。
多くの外貨を稼いだ製糸業が衰退した諏訪地域には、エプソンの前身企業などが疎開して下請け企業を連ねる一大産地となった。高い技術で1964年の東京五輪にセイコーグループとして公式計時を担当する礎となり、工業版の技能五輪で70年代から連続して時計職種で金メダリストを輩出した。腕時計の組み立てや部品製造など多くの協力企業も成長した。
80年前後からエプソンは海外生産を検討。腕時計製造は今、塩尻市で高級時計などを生産する程度だ。協力会社には自立を促した。自動車エンジンに燃料噴射する装置の部品で高い世界シェアを持つ小松精機工作所(諏訪市)など、自動車や精密部品が盛んになった。
■シチズン、国内で約50年ぶり新工場
一方、長野県内で再投資したのがシチズン時計だ。国内で約50年ぶりとなる新工場を2016年12月に完成させた。国内生産を続けることができる理由は、機械による自動化と人手による高付加価値生産の組み合わせだ。
新しいミヨタ佐久工場(佐久市)は全ての生産工程を1つのフロアに集約でき、「人の流れや物の流れが変わる」(福島直文工場長)。完全稼働する18年春には生産能力が現在より1割高まる見込みだ。ムーブメント(駆動装置)をつくるミヨタ工場(御代田町)もほぼ自動化。人手に頼らずコストを極力削る。
半面、一つ30万円以上する高級腕時計「ザ・シチズン」や「カンパノラ」は職人による手作業にこだわる。1モデルあたりの販売数量が多くない多品種少量の生産であることに加え、付加価値を高めて利幅を広げる。
■スイス勢、国内生産でブランド力
日本の腕時計生産の変遷に対し、スイスの時計メーカーは生産拠点を国外に移さないことで知られる。スイス製であることがブランド力に大きく貢献し、製品に「スイスメード」と表記することが極めて重要だからだ。
この表記の最新の基準には製造コストの60%以上がスイス国内、ムーブメント(駆動装置)の50%は国産の部品といった取り決めがある。開発や設計もスイスで手掛ける必要がある。仕上げの組み立てだけをスイスで担っても認められない。
ここ数年のスイス経済は慢性的なスイスフラン高に悩まされ、時計産業も例外ではない。だがスイスのブランド力を捨ててまで生産拠点を国外に移すことはできないため、逆に付加価値を前面に出して通貨高への耐性を強めてきた経緯がある。
2016年以降は世界各地で中国人旅行者の需要が落ち込み、スイスの一部企業も人員を削減している。それでも時計職人は各社が育成に時間をかけてきたこともあり、事務職や営業職に比べると解雇されにくい傾向がある。
[日経産業新聞 2017年1月30日付を再構成]
第1回 腕時計の世界輸出、中国が席巻 日本もスイスも後塵
第2回 機械式高級腕時計に注力 スイス勢、ブランド戦略競う
第3回 クオーツで席巻した日本勢 いま生き残りへ独自色探る
第5回 到来!スマートウオッチ時代 有力ブランドも新作続々
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