「年をとると丸くなる」に疑問です
作家、石田衣良さん
「年を取ると丸くなる」とよく言われますが、私の周りではそんな人はいません。大体、怒りっぽくなり、すぐ切れる人ばかりです。自分が丸くなるにはどうすればよいのでしょう。(埼玉県・60代・男性)
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さて平均的な男性の60代モデルケースを、冷静に考えてみましょう。
身体は長らく働いてきたせいで、どこかにガタがきている。疲れやすく、疲れはしつこい染みのようにこびりついて、なかなかとれない。男女のときめきから離れて、久しくなってしまった。妻に大切にされている感じがしない。再就職後も仕事は続けているけれど、権限はないし面白みもないし、給料も以前の半分になってしまった。それでいていつまで生きるのかわからないので、よほどの資産家以外は、老後の経済的不安が消えることはない。精神的にはうつ傾向が進行していて、楽しいことがひとつも見つからない。
嗚呼(ああ)、お先真っ暗!
うーん、あげていくと切りがないけど、マイナスはざっと以上のとおり。60代の男たちはうんざりするほどの火種を抱え、日々を懸命に生きているのです。人生の素晴らしい部分は終わってしまったのだ、と。しかも残念なことに身体はくたびれているくせに、心はまだエネルギーに満ちている。ほんとうの老人のように自分をあきらめたり、つぎの世代にあっさりとバトンを渡したりすることもできないでいる。
となると結果はシンプルで、いきなり切れる「荒ぶる老人予備軍」の一丁あがりということになります。ぼくは今後も切れる初老は増え続けるだろうと考えています。ましてやこの先、生涯独身生活を送る男性が急激に増えるので、ますます状況は厳しいことになる。
でもね、ときには怒らせてあげるといいのではないでしょうか。長いあいだがんばってきたのだから、それくらいのガス抜きは認めてあげよう。やつらもあとでこっそり反省などしているようですしね。
もしあなたが切れる老人になりたくないのなら、自分の状況を客観視し、すべてを笑い飛ばす鉄壁のユーモアを身につける必要があります。老いのマイナスが増えるほど、心をさらに豊かにし知恵を深めてユーモアという武器を磨いていくのです。
この闘いは絶望的です。心も身体もいつかは絶対に老いに敗れ去る。けれど敗れるからこそ、これは人間らしく尊い奮闘なのです。年をとり丸くなる必要などありません。ごりごりととがったまま自分を笑える懐の深い老人を目指しましょう。
[NIKKEIプラス1 2017年10月28日付]
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