松阪のホルモン焼き 地元の特権、庶民派プレミアム牛
三重県松阪市の名物料理をご存じだろうか? ホルモン焼きだ。
焼き網の上で膨らむ白モツ。脂が熱で溶けてしたたり落ちると、それがロースターの火に重なり、大きな炎と煙が上がる。テーブルの向こうが見えなくなるほどの煙と炎は、決してスマートとは言いがたいが、そのうまさを知っている人なら、服や髪に臭いがつくのもいとわず、焼き網を囲んで身を乗り出す気持ちを分かってくれることだろう。
松阪牛は、日本三大和牛の一つで、高級ブランド肉として広く知られ、味はもちろん値段もプレミアムだ。松阪牛の地元とてそれは同じで、もちろん「地元価格」ではあるものの、そもそもが高級肉。やはり気軽に食べられるような値段ではない。
松阪牛の地元で愛されているホルモンは、正肉以上に鮮度が重要視される内臓肉だ。食肉の生産地だけに、鮮度は抜群。おいしくないわけがない。
松阪の老舗焼き肉店「一升びん」の平生町店を訪れた。「一升びん」は、松阪牛を手ごろな価格で食べられることで市外にも名を知られた人気店だ。
ホルモンというと、東京では白モツやレバー、ハツなど様々な部位を意味し、メニューの中から白モツ(シロ)、レバー、タンなど部位を指定して注文したり、一緒盛りのミックスで注文したりすることが多い。しかし、松阪では「ホルモン」というと基本的に白モツのことを指す。メニューを見るとそれが分かる。
「松阪牛ホルモンのみ」は白モツのみが一皿に盛られてくる。一方「松阪牛ホルモン込み」は白モツの他、レバーなどの部位が一緒盛りになった、いわゆるミックスが出てくる。松阪の人たちがいかに白モツを愛しているかが分かるだろう。
一方で「のみ」か「込み」か以上に注目してほしいことがある。メニュー名の頭に付いた「松阪牛」の3文字だ。
東京の焼肉店で、松阪牛をはじめ神戸牛など銘柄牛のカルビは食べたことがあるだろう。一方で、銘柄を指定してホルモンを食べたことがある人は果たしてどれくらいいるだろうか。様々な銘柄牛が流通する都市では、消費者の手に届くまでの間に、その日に出た様々な牛のホルモンが一緒になってしまうという。
しかしここは松阪牛のお膝元。生産される牛肉、そしてホルモンは松阪牛ばかりだ。松阪牛のホルモンを特定するのは難しいことではない。しかも、正肉とは違い、ホルモンなら懐にも優しい。「松阪牛ホルモン込み」で1人前680円だ。
焼き台はカウンターが七輪で、テーブル席はロースター。もちろん無煙ロースターではなく、中に水が張ってある、ゴムホースがつながった昔ながらのロースターだ。木造の店舗に畳の小上がり、そして軒先の赤提灯……。「値段など気にせずどんどん食べてちゃってください」。店構えがそう語りかけている。
さっそく松阪牛のホルモンを網の上にのせて焼く。脂の付き具合はやや控えめだ。
たれは、豆味噌の愛三岐(愛知、三重、岐阜)らしく味噌だれだ。皿に盛られた上からたれがかけられ、焼き上がった時点でもう一度つけだれに浸して食べる。
しっかりとした腸の食感とくにゅっとした脂身の食感の対比が心地よい。脂が多すぎないところも魅力的だ。血のにおいを感じさせないレバーは、鮮度の高さを物語る。ホルモンながら高級肉の味わいだ。大事に手塩にかけて育てられた成果は、ホルモンにも現れている。
せっかく松阪まで足を運んだからには「赤肉」も食べておきましょうと薦められた。
関東生まれの感覚では「赤肉」は赤身肉を想像させるが、松阪では「赤肉」は正肉全般を指し、一方「白肉」は白モツを指すのだという。ここでも白モツのポジションが明確だ。確かに東京でも白モツを「シロ」と呼ぶことはあるが、それは白モツの略称の感覚だ。松阪では「赤=正肉、白=ホルモン」なのだという。どんな霜降りでも「赤肉」なのだ。正肉と互角に扱われるほどホルモンをよく食べると言うことなのだろう。
A5の「サシ」がびっしりと入った松阪牛はとろけるうまさ。まぎれもなく高級牛肉だ。カルビに中落ちカルビ、赤身などを盛り合わせて1人前3000円なのだから、常日ごろというわけにはいかないが、わざわざ松阪まで足を運んだからには、ぜひ食べて帰りたい価格設定だ。
こうした庶民派感覚は、店構えや肉の値段だけにとどまらない。飲み物だって庶民的に行きたい。松阪では焼酎だ。
おでん店の熱かんなどに使われる「ちろり」に入って出てきたのは「梅割」。焼酎を水などで割らずに梅シロップを加えたものだ。アルコール度数が高いので飲み過ぎには注意が必要だが、脂っこいホルモン、霜降り肉には「ちょびっと梅味」がよく合う。
松阪のホルモン焼きは奥が深い。しっかり堪能すべく、この日はホルモン焼きのはしごを試みた。2軒目は「たこやん」。こちらのメニューを眺めると「松阪牛」の3文字は目に入ってこない。より庶民派のお店と見た。テーブル席も炭火焼きの七輪だった。
梅割も「一升びん」とはスタイルが違った。ちろりの中は割っていない焼酎の原液で、そこに梅シロップが入った小瓶が添えられていた。これが、松阪流梅割のデフォルトだという。
「ささ一献!」「おっとっと」と差しつ差されつで焼酎を小さなグラスに注ぎ、最後に梅シロップを好みで垂らす。アタマでは「飲み過ぎると危ない」と認識しつつも、カラダは正直だ。「禁断の美味」にだんだん制御が効かなくなってくる。
「たこやん」のホルモンは脂身たっぷり。関東人としては、味噌だれを一休みして、塩だれを注文して焼いてみる。皿の上ではくたっとしていたホルモンが、焼けば焼くほど膨らんでくる。破裂しそうなほどぱんぱんになったところで口に入れると、液状化した脂身がぷしゅっと飛び出してくる。
あちち、あちあち。
「口腔内緊急事態」に、梅割がレスキューに駆けつける。これぞホルモン焼きの王道だ。
郷に入れば郷に従うべし。再び味噌だれに戻して地元流のさらなるホルモンの味わい方に挑む。付け合わせのキャベツで、味噌だれにたっぷり浸した脂ぱんぱんのホルモンを巻いて食べる。韓国風焼き肉のサンチュの要領だ。ホルモンの脂身の熱さから口腔の粘膜を守るとともに、たっぷりの味噌だれがキャベツの甘さも引き立てる。
緊急事態でもないのにレスキュー隊が大活躍だ。
松阪では、ホルモンだけでなく、鶏肉も焼き肉店の1メニューだ。やはり味噌だれで網焼きにする。この鶏焼き肉を旗印に掲げてまちおこしに取り組むDo it! 松阪鶏焼き肉隊がB-1グランプリなどに出展、松阪ならではの焼き肉文化を全国に向けて発信している。
「松阪でおいしい肉料理を食べる」となれば、日本中の多くの人が牛肉を思い浮かべるに違いない。しかし、津市など近隣の都市から「松阪に焼き肉を食べに行く」と言えば、多くの人たちが頭に思い描くのはホルモン焼きなのだという。
懐具合さえ許せば、松阪牛は東京でだって食べられる。しかし、味噌だれの松阪牛ホルモンと梅割に代表されるこの昭和レトロな味わいは、東京ではなかなか味わえない「地元ならではの味」だ。松阪を訪れた際には、ぜひ立ち寄ってみてほしい。
(渡辺智哉)
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