これまで不妊治療の場で行われてきた男性の精液検査は、もっぱら精子だけを調べていた。しかし精液に含まれるのは精子だけではない。血液でコレステロールや血糖値を調べるのと同じように、精子以外の精液成分(精しょう)を調べることで、生活習慣や健康状態、妊娠能力まで分かる可能性がある。さらに、その結果に基づいて生活習慣の改善をすれば、男性の受精力や妊娠の確率を高めることも期待できるという。2017年10月6日、精液の成分分析を行う世界初のベンチャー企業ダンテが「精液成分と男の妊活」と題した記者発表会を東京大学で開催した。その内容をお届けしよう。
ダンテ取締役CTOで広島大学大学院生物圏科学研究科の島田昌之教授は、これまで家畜の精液に関する研究を重ねてきた。
精子の中には、1時間程度で動かなくなるものもあれば、6時間経っても動き続けるものもある。1時間で動かなくなってしまうようでは、とても受精・妊娠は期待できない。元気な精子が多かったブタの精液Aと、持久力のない精子が多かったブタの精液Bから精子を取り除き、そこにネズミの精子を加えてみた。すると、Aの精液成分に入れたネズミの精子は、Bに比べてよく動いたという。
「精子の運動は精液成分によって決定される。精液に含まれる脂肪酸やアミノ酸などの成分が精子に取り込まれ、精子の運動性に影響を与えているんです。人間の場合でも、精液の解析によって妊娠能力や健康を予見できる可能性が高いといえます」(島田教授)
そこでダンテでは、23~58歳の健康な男性80人に精液を提供してもらい、精液中の亜鉛やテストステロン(主要な男性ホルモン)など、いくつかの項目について調べた。その結果、「生活習慣が精液の質と密接に関わっており、血液や尿のように、精液中の微量成分にも本人の健康状態が反映されていることが分かりました」と、ダンテ取締役CMOで順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学の堀江重郎教授は話す。
加齢とともに進む「精液の酸化」
例えばテストステロンは、筋肉や性機能だけに限らず、集中力や正義感など高次的な精神機能にも関係することが分かっている。最近話題のLOH症候群(男性更年期障害)は、このテストステロンの分泌が大きく減ることが原因だ。
テストステロンの量は血液や唾液で調べられるが、実は「精液中には血液の10倍以上も高濃度のテストステロンが含まれている」と堀江教授。80人の精液を分析したところ、20代から30代にかけてテストステロンが急激に減ることが分かった(図1)。
精液中の8-OHdGについても調べた。堀江教授によると、8-OHdGとは「DNAの酸化を見ることができる物質」で精液の酸化を示す指標となる。家畜生殖学では、酸化によって精液の質が悪くなることが知られており、「家畜の精液を保存するときは抗酸化物質を加えている」(島田教授)という。
精液中のテストステロンは年齢を追うごとに減っていくの対し、精液中の8-OHdGは逆に年齢を追うごとに明らかに増えていた。ご存じの通り、精液は常に精巣(睾丸:こうがん)で作られ続けているのだが、にもかかわらず年齢とともに精液の酸化度は上がっていたわけだ。
睡眠不足も精液の酸化度と関係
亜鉛は精子の形成やテストステロンの合成に欠かせないミネラルで、精液中にも多く含まれている。精液中の亜鉛濃度を調べると、亜鉛が多いほど精子の数が多かった。